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霊障解消の困難さ8(星)

今回は、現実を無視した理想論の弊害について少し考察してみたいと思います。理想論の弊害については、既に取り上げたテーマではあると思いますが、今回は少しばかりこの問題を掘り下げて考えてみたいと思います。この話題も過去に取り上げたことのあるテーマですが、以前に記事を書いた際には、カルト思想の弊害を取り上げたと記憶しています。しかし、日常生活においてはカルトは身近な存在ではなく、カルトの問題を取り上げても実感があまりないのではないかと思います。そこで今回は、カルトではなく、左翼思想について取り上げたいと思います。ここで政治的な話題を取り上げたのは、政治の話が目的ではなく、政治運動が理想社会を実現することを目的とした運動であり、マスコミなどで話題なることが多いことが理由です。

 

本題に入る前に、「左翼」「右翼」「左派」「右派」「保守」と言った言葉の整理をしておきます。一般的に「左翼」と「左派」「右翼」と「右派」は同じような意味として使われていますが、それぞれ異なります。「左翼」と「左派」は共に同じ理想社会の実現を目指しますが、目的達成の方法論に違いがあります。これに対して「右翼」と「右派」は思想的な違いがあります。「右翼」は、民族主義や超国家主義を加味した左翼思想であり、「右派」は自由主義を重視することから思想的に大きな違いがあります。また、「左翼」は未来に理想を求め、「右翼」は過去に理想を求めると定義されることもあります。これに対して「保守」は従来からの伝統・習慣・制度・社会組織・考え方などを尊重する立場であり、理想論に対しては懐疑的な立場となります。

 

「左翼」と「右翼」は正反対と思われやすいのですが、実は思想的には紙一重の差であり、「左翼」から「右翼」に転向する場合や「右翼」から「左翼」に転向することは少なくないようです。戦前に二・二六事件を起こした陸軍皇道派と呼ばれる右翼組織の主張は、天皇を頂点とした社会主義国家を目指していたことはあまり知られていないようですが、首謀者が財界を目の敵にするなど思想的には左翼思想と紙一重でした。日本は資本主義経済と間接民主制度を基本とした社会ですが、左翼にしても右翼にしても、これらの制度を根本的に破壊することを目的としていると言えます。

 

個人的には、理想社会の実現と言った目標には懐疑的な立場であり、過去に理想を求める気もありませんので、消去法で言えば「保守」と言うことになりますが、思想統制に対しては反対の立場です。基本的に色々な考え方があることは悪いことであると思いませんが、どうも自分の気に入らない意見は抹殺しようとする人が多いと感じています。これは思想の差に関係なく一定数は存在していると言えますが、どうも左翼思想の持ち主は、自分たちの主張を実現するためには何をしても良いと考えているのではないかと思うこともあります。


管理人が気になるのは、この部分です。現実の社会は色々な考えの方が存在しているだけでなく、様々な利権が複雑に絡み合って動いています。そのため、どんなに高い理想を掲げて活動しても現実は何一つとして変わらないことは日常茶飯事です。これは何も日本社会だけの話ではなく、国際政治の世界でも同じであり、企業や家庭においても事情は同じではないでしょうか。何かを変えようとするならば、そのことで自分の利権が失われることになるならば、強固に反対して計画を潰そうとする者が現れるのは良くある話です。現状のままでは、いずれ最悪の状況に陥ることが分かっていても利害が対立して変えられないことは良くあります。

 

その典型が政治の世界ではないかと思います。何かを変えようとしても激しい抵抗があるだけでなく、恫喝にも近い脅しがあるとも聞きますし、社会的な地位を脅かされることも珍しくないと聞いています。そのため、本当に国益を考えるならば、匍匐(ほふく)前進をするように少しずつしか改革できないと聞いています。この僅かな前進を得るために話し合いの場を作り、賛同者を集めるための地道な努力の積み重ねが必要となります。このことは、会社でも地域社会でも同じではないでしょうか。何かを変えようとしても簡単には変えられないことから、話し合いを重ね、賛同者を集める地道な努力が必要となります。

 

しかし、ここで自分たちの意見とは異なるからと話し合いを一切拒絶するならば、何も変えることはできませんが、何が何でも自分たちの主張を押し通そうとする人々は少なくありません。この考え方が極端になるならば、暴力を利用して自分たちが理想とする社会を作ろうとの考え方となります。また、自分たちの主張とは異なることから批判を繰り返す人々も少なくありませんが、批判を繰り返しているだけでは何も生まれないと言えます。政治は最善を求める選択ではなく、より少ない悪を求める選択であるとの話がありますが、理想論を振りかざしているだけでは何も変わらないと言えます。

 

これは霊障の解決の際にも言えることなのです。特に重度の霊障ともなりますと、供養を継続していても状況は変化しない。祈願祈祷をしても生活は変化しない。神仏は何をしているか、どうして神仏は助けてくれないのか、様々な疑問を抱かれる方も多いかと思います。これは不成仏霊の心理状態なのですが、前置きが長くなり過ぎましたので、次回に解説させて頂きます。

 

 

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at 23:09, 星 良謙・子授け地蔵, 心霊現象と神秘体験

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霊障解消の困難さ7(星)

何気なく選んだテーマではありますが、今回で7回目となりました。考えてみれば、このブログを立ち上げたのは、個人的な経験から得られた心霊世界の知識を書き残しておこうと考えたことが始まりでしたので、原点に立ち返ったとも言うべきテーマなのかもしれません。このテーマで書きたい記事は幾つかありますが、今回は損切の話を取り上げたいと思います。損切に関しては、既に一度取り上げたとは思いますが、霊障を解消する際に損切ができるかできないかは大きな問題となります。

 

最初に損切りの定義から始めたいと思います。損切りは株取引の用語であり、損失を最小限にとどめるために、損失額の少ない段階で株を処分することです。この損切りは、株取引だけではなく、一般的に損失が少ない段階で対応することですが、既に投資したお金や時間は無駄になります。この損失を諦めることが損切りとなります。勿論、株価が暴落すると予測したり、株価が低迷すると予測して損切りをした後に株価が上昇する可能性はありますが、株価の上昇を期待して持ち続けたならば、暴落する可能性もあります。そのため、何処かで割り切るしかありません。

 

これと同じようなことは人生の全般にも言えます。最初は価値があることだと信じてお金と時間を費やしていたことが、疑問を感じるようになりながらもここで止めてしまったならば、これまでのお金と時間が無駄になると止められないことがあります。その典型が賭け事ではないかと思います。軽い気持ちで始めても損失が大きくなり、それまでの負けを取り戻したいとの気持ちから続けることで大きな損失となることは良く聞く話です。負け続けている段階でこれまでの損失を諦めるならば、それ以上の損失を防ぐことができると分かっていても止められないことが原因なのは誰にでも分かることです。

 

そのた誰にでも分かることができないことが人間の弱さではありますが、これができませんと、失敗からの立て直しが難しくなります。この記事のテーマである霊障の解消も一種の損切りであるとも言えます。霊障が解消しても霊障に悩まされ続けた歳月は取り戻すことはできません。また、過去に霊能者や新興宗教に使ったお金は戻りません。そのことを後悔し続けていたならば、人生は何も好転しないと言えます。勿論、人生の早い時点で霊障を解消することは理想ではありますが、人生の晩年となってから始めたとしても遅すぎると言うことはないと考えています。

 

管理人が20代の前半からどうすれば霊障が解消できるかを考えは始めましたが、試行錯誤の連続でした。それは言い換えるならば、損切りの連続と言えます。これで霊障が解消できるならばと除霊を受ける、旅費を使って講習会に参加する、霊能者に会ってみると実に色々と試してみましたが、いずれも効果がありませんでした。いずれも安くはない金額であり、10万円・20万円と使っても何の意味もなかったことは何度もありました。しかし、当時はインターネットもありませんでしたので、霊能者の評判を確かめることも難しく、著書などを読み、信頼できそうな人を頼ってみるしかないことから試行錯誤の繰り返しを続けるしか道はありませんでした。これはジャングルの中を鉈(なた)だけで道を切り開き、歩いているような人生でした。何が無駄であり、何が無駄ではないのかを確かめる方法もありませんでした。そのため、何が無駄であるかを事前に知る方法はなく、実際に試してみるしか確認できませんでした。

 

個人的には、無駄に使ったお金や時間を高い授業料を払ったと割り切っていますが、無駄なお金や時間を使ったことを後悔される方は少なくないようです。しかし、過去のことにこだわりを持ち続けますと、いつまでも過去の清算ができないだけでなく、新しい人生を生きることが難しくなります。このことに関して現実的な観点や心理学的な観点から考察するは、このブログの趣旨を考えますとあまり意味はないと思いますので、心霊世界の観点から少し考察してみたいと思います。

 

ここで最初に考えるべきことは、後悔は反省の違いではないかと思います。後悔は済んでしまったことを悔やむことですが、これは自分の判断や行動を悔やむことでしかなく、前向きの考えてはありません。これに対して反省は自分の過去の判断や行動を振り返って間違いがなかったことを考えることであり、今後の判断や行動に間違いがなかったかを考えることです。これは後悔と同じようでいて違う点は、失敗の原因や問題点を考え、今後の判断や行動を修正することを目的にしていますので、前向きな考えであると言えます。

 

現実世界の観点から見ますとどちらも同じように見えますが、心霊世界の観点から見ますと決定的な違いとなります。後悔の場合には、自分が間違った時点で思考が止まっていると言えます。心は、同じ場所をぐるぐると回っているような状態であり、解決策や出口の見えない状態を続けることになります。これは不成仏霊の心理と同じ状態となります。不成仏霊が迷っている原因には色々な原因がありますが、共通していることは、解決策や出口の見えない状態にあることです。

 

例えば、飢餓状態の意識のままでいる餓鬼霊の場合には、飢えの状態から抜け出せないことが成仏できない原因であり、怒りや憎しみの塊のようになっている怨霊の場合には、燃え盛る怒りの炎や憎しみの炎を消すことができないことが成仏できない原因となります。つまり心が負の想念で固まっていて抜け出すことができないことが成仏できない原因であると言えます。そのため、過去の失敗や間違いにとらわれ、その失敗や間違いにこだわり続けていますと、不成仏霊と同じような心理状態となり、不成仏霊の世界に心が通じやすくなります。

 

不成仏霊の世界に心が通じやすくい状態になりますと、本人の意思とは無関係に不成仏霊が集まるようになり、不成仏霊の影響を受けやすくなります。こうなると思考能力が低下するだけでなく、霊能力のない人でも陰気な雰囲気を感じるようになり、運気も低下するようになります。このことが更に悲観的な考えにとらわれる原因となり、過去の失敗や間違いを悔やむ原因となり、積極的な思考や建設的な考えをすることが難しくなります。これを繰り返していますと、不成仏霊の影響を強く受けるようになり、霊障が深刻化することになります。

 

この負のループに陥らないようにするには、過去の間違いや失敗に関しては反省はしても後悔はしないように心掛けることではないかと思います。過ぎ去った時間は取り戻せないことは誰しもが分かっていることのはずですが、これができないのが人間の弱さと言えます。しかし、何処かで悩みの清算をされないと、負のループに陥ることになります。

 

 

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at 23:46, 星 良謙・子授け地蔵, 霊感・霊能力について

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霊障解消の困難さ6(星)

最近は自粛警察ではなく、マスク警察と呼ばれる人々が増えているようです。管理人は過去を美化する気持ちはありませんが、自粛警察の次がマスク警察が話題になる話を聞きますと、日本の民度がどんどん低下している気がします。自粛警察にしてもマスク警察にしても本人は正義感から行っているつもりかもしれませんが、管理人にはマスコミの情報に踊られ、感情的に騒いでいるだけの人々にしか見えません。武漢肺炎の流行当初は、未知の病気であり、情報が交錯することは避けられなかったことは仕方がありませんが、現在ではかなり解明されているようです。

 

しかし、マスコミはとにかく騒ぎ立てて騒動を大きくしたいようです。そして感染症の専門家の意見は、情報の洪水の中に埋もれ、感情論でしか語ることができないようなタレントや何の専門知識もない評論家と言われる人々が不安を煽り立てる。人々が不安に陥るとテレビの視聴率は上がり、新聞や雑誌は売れることから人々を不安に陥れる傾向があるようです。聞いた話では、集中豪雨や台風の際にはテレビ局はお祭り騒ぎになるとか、どこまで信用できる話かも分かりませんが、一部の番組を除いて信用する気持ちをなくしています。

 

考えてみれば、最近はインターネットの発達でその気があればかなり詳しい情報を得られますし、一次情報を確認すること簡単になりました。今から30年前、40年前には考えられなかった状況です。今から30年前、40年前には一冊の本の中の僅か数行の話のために本を買ったことも何度かありました。当時はそうやって地道に情報を集め続けるしかなかったことを考えますと、雲泥の差があると言ったところでしょうか。しかし、そんな便利な時代なのにテレビやラジオ、新聞などが垂れ流し続ける情報に踊らされ続けている人々を見ますと、日本の将来が心配となります。

 

他人が奉納した絵馬を読む人を頻繁に見かける、スパーなどで子供を一人で走り回っていても無関心な親が多いなど、日本の民度はどうしてここまで低下したのだろうかと考えることが多くなりました。勿論、原因は一つではなく、幾つもの要因が積み重なった結果ではあると思いますが、マスコミ関係者や評論家と言われる人々の質の低下は嘆かわしいを通り越して悲惨な状況となっています。それだけ、日本人の思考能力が低下しているのではないかとも考えてしまいます。暫く前にこの50年前以降に亡くなられた方々が迷っている確率がそれ以前に亡くなられた方々に比べると非常に高い理由もそれだけ日本人の民度や思考能力が低下しているからだろうかと考えてしまいます。

 

この思考能力の低下は、霊障の代表的な症状であり、不成仏霊の影響を受けますと、思考能力が低下するだけでなく、感情が不安定になったり、精神的に落ち込むなどの傾向があります。これらの症状は自覚しにくい症状ではありますが、注意力が散漫になっていたり、思考能力が低下することで運気が低下することが少なくありません。逆に霊障が解消すると感情化落ち着き、冷静に物事を考えることができるようになります。感情化落ち着き、冷静に物事を考えることで人生が好転するようになります。そのため、思考力の低下と霊障との関係は密接な関係があると思われます。

 

しかし、思考力の低下と霊障との関係は密接な関係があるとしても、霊障があるから思考力が低下するのか、思考力が低下するから霊障になるのかについては、今のところ否定も肯定もできない状態です。霊障が解消することで冷静に物事を考えることができるようになる傾向はありますので、霊障が原因で思考力が低下するとは言えます。思考力が低下するから霊障になる可能性について考えますと、少なくとも感情に翻弄されやすい方は不成仏霊の影響を受けやすい傾向はあります。また、思い込みの激しい方も不成仏霊の影響を受けやすい傾向はあります。

 

不成仏霊が障りを起こす手口の多くは、不安感や怒りを煽ることで生きている人間の心を支配することです。また、注意力や思考力を奪うことで失敗を繰り返すように仕向ける傾向もあります。これは不成仏霊の常套手段であると言えますが、これは本人の心だけが狙われるのではなく、本人を取り巻く周囲の人間の心も操っていると思われます。つまり、不成仏霊は、職場の人間関係などにおいても周囲の人間の嫌悪感や怒りを煽ることで職場での人間関係を悪くすることは多いようです。これらのことを考えますと、常に落ち着いた感情であり、物事を冷静に考えることができるならば、不成仏霊にとっては非常に惑わしにくい人間であり、心を支配することが難しいと言えます。

 

しかし、深刻な霊障に陥っていますと、この常に落ち着いた感情で物事を冷静に考えることは非常に難しいこととなります。それは不成仏霊が常に不安感や猜疑心、怒りなど感情を煽り続けますので、放火魔が火をつけて回っているような状況の中で消火活動をしているような状態となります。更に厄介なことは、激しい不安感や怒りが新たな不成仏霊を呼び寄せることの要因ともなります。そのため、重度の霊障に陥っている場合には、供養や祈願祈祷だけでは問題の解消が難しく、本気で霊障を解消したいと願われるのであれば、不安感や猜疑心、怒りなど感情に翻弄されないように心掛けることが重要となります。

 

これは言葉では簡単なことでも実際には難しいことです。特に深刻な霊障に陥っている場合には、思考能力が低下しているだけでなく、不成仏霊が意図的に思考能力を低下させていることから本人としては考えているつもりでも、狭い視野の中でしか物事を考えていなかったり、情報に踊らされているだけの場合が少なくありません。つまり、最初に書きました自粛警察やマスク警察がその典型となります。マスコミの情報に踊られ、感情的に騒いでいるだけの話なのですが、本人は自分は良いことをしているとしか考えていないと思います。

 

このことは評論家や論客と言われる人々にも言えることであり、深い洞察力と豊富な知識を持ち、感情に翻弄されることのない評論家や論客を探すことの方が難しいのが実情ですが、その僅かな深い洞察力と豊富な知識を持ち、感情に翻弄されることのない評論家や論客は人気がない傾向があります。深い洞察力と豊富な知識を持ち、感情に翻弄されることのない評論家や論客は、物事の本質を見抜いた上で話をすることから一般の方からすると話が分かりにくい傾向があるようです。これに対して深い洞察力もなく、上辺だけの話を感情的に話す評論家や論客は人気があります。

 

これは思想の左右に関係のない話であり、左翼思想の持ち主とであろうと、保守的な思想の持ち主であろうと関係がありません。その理由を考えますと、よく聞く声としては話が分かりやすい、自分の気持ちを代弁してくれているとの声ですが、実はこれは視聴者が理解できる程度の内容の話しかしないからであり、一般の人間と同レベルの思考をしているからであると言えます。これでは居酒屋で世間話をしている中年オヤジの話と大差がないのではないかと思いますが、何故か人気があります。

 

実は、これが一般的に憑依と言われる現象の原理です。現実世界で深い洞察力と豊富な知識を持ち、感情に翻弄されることのない評論家や論客を敬遠して、上辺だけの話を感情的に話す評論家や論客を選ぶことと同じことが心霊世界でも自分の心と同レベルの心霊世界に通じます。また、反社会勢力に自分から参加する人は、反社会勢力の集団の中にいることで仲間意識を得ることができるのと同じように、心霊世界においても自分と同じ心境の心霊を集めやすいと言えます。

 

そのため、供養や祈願祈祷を繰り返していても人生が好転しない場合には、上辺の話だけで判断したり、感情だけで判断したりしていないかを考えることをお勧めします。不成仏霊に常に不安感や猜疑心、怒りなど感情を煽られていたならば、人生の好転は期待できませんので、不成仏霊に常に不安感や猜疑心、怒りなど感情を煽られないように心掛けることが大切となります。

 

 

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at 11:47, 星 良謙・子授け地蔵, 霊感・霊能力について

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霊障解消の困難さ5(星)

いよいよ猛暑の到来と言ったところでしょうか・・・・

 

管理人は、基本的に家の中での仕事ですので、比較的楽をさせて頂いていますが、この暑さの中で外で働かれている方は大変かとおもいます。

 

この猛暑の中ではマスクをしているだけで熱中症になる危険性も言われていますので、熱中症にご注意ください。

 

それはさておき・・・

 

今回は、別の話を投稿する予定でしたが、ご神霊の話をご紹介することにしました。

この話は、生前にシナで仙人修行をされていた神霊のお話ですが、生前に僧侶や行者をしていた方が転落する事情を解説して頂けました。

 

 彼らのいずれもが生前には名声を得た者たちではあるが、慢心から転落した者たちである。彼らたちは、生前に名声を得たものであるがために、死後の世界においても指導的な立場になれると、信じていた者たちでもある。彼らは心の中では、死後の世界でも神近き立場となり、生前と変わらぬ名声を得られるだけでなく、生前よりも高い地位に上ることを疑いもしなかった者たちである。


しかし、死後の世界に帰ってみるならば、その予想は大きく裏切られ、光に満ち溢れた世界ではなく、暗く陰気な世界であった。それは彼らの生前の心に応じた世界に帰っただけの話ではあるが、彼らは生前と同じように名声を得ることを求め、権力を求めることだけを考えた。


彼らの求める名声とは、己の力の誇示であり、多くの者たちが自分の力の前に平伏すことであった。そのため、彼らのやったことは、死後の世界で力の弱い者たちを支配して自分の力を誇示することであり、多くの者たちを支配することであった。そして、死後の世界で己の力を誇示するだけでは飽き足らず、生きている人間を支配するようになった。


そして、そのことが彼らの力をより強大にした。心に闇を持つ者を支配して操るならば、迷っている者たちを数多く集めることができ、集めた者たちを操ることで己の力をより強固なものとした。そして支配している者たちに恨みを抱く者たちを集め、恨みを抱く者たちを利用することで、支配欲をより満足させることができた。


この状態に陥るならば、何重にも取り囲まれた砦の中にいるようなものであり、神仏の力すらも恐れる気持ちもない。どんなに強い法力を持つ者であっても見抜けるのは、周辺の砦に立て籠もっている者たちまでであり、自分たちが隠れていることを見抜かれる心配もない。自分たちは、恨みを抱く者たちを煽ることだけで全てを支配できていると考えていた者たちである。

 

現実世界においては地位や名声は、本人の実績や能力が評価されることで得られるはずなのですが、実際には、家柄や資産などの本人の努力や才能とは無関係とも言える要因が大きく影響していることも少なくありません。また、本人が残した実績であっても、本当は他人の実績を横取りしている場合もあります。これとは逆に社会的な地位や名誉とは無縁に生きた方であっても優れた社会貢献をされていたり、優れた実績を残されている場合もあります。そのため、社会貢献や実績と社会的な地位や名声は同一であるとは限りません。

 

現実世界においては、社会的に高い地位にあった方や優れた実績を残したとされている高僧などが転落していたことは過去に何度かありました。このことは以前から分かっていたことではありますが、慢心から転落したことや力の弱い不成仏霊を手下として利用していることは分かっていましたが、詳細な背景までは分かりませんでした。そのため、この話をお聞きして、そう言うことであったのかと納得してしまいました。勿論、この話だけでは、詳細は分からないかと思いますが、大まかな話は理解して頂けるのではないかと思います。

 

仏教の教えでは、生前の財産や地位などは死後の世界に持って帰ることができず、持って帰れるのは心だけであると説かれてはいますが、指導的な高い地位にあり、名声を得ていますと、いつしか自分は悟った者であり、死後の世界では菩薩の仲間入りして当然だとの慢心を持つようになると思われます。ところが死後の世界に帰ってみたら菩薩の世界ではなく、憎しみや暴力が支配する世界であったことのようです。それを地獄と呼ぶべきなのか、修羅と呼ぶべきなのかは分かりませんが、慈悲とは無縁の世界となります。

 

これが心霊世界の恐ろしさとでも言うべきなのですが、口先では仏の慈悲を語っていても、心の中では地位や名声を求める気持ちが強く、仏の慈悲とは無縁に生きているならば、その心に応じせた世界にしか帰ることができません。これは一つの法則と言うべきであり、その人の心境が住む世界を決めます。そのため、生前に教えの体系を持たない素朴な精霊を信仰する宗教を信じている場合でも高い精神性で生きていた場合には、高い世界に帰ることができます。

 

厄介なのは、現実世界で高い地位に上り詰めた者は、高い精神性はなくても強い権力欲や執念、ずるがしこさだけは持っていることは多いようです。死後の世界に持って帰られるのは、心だけとされていますが、強い権力欲や執念、ずるがしこさも心の働きであることから生前と同じように権力を手中に収めることなります。これが怨霊の正体とも言えますが、神霊が解説されているように数多くの手下を抱えることから容易には正体を現しません。

 

相手が大物の怨霊ともなりますと、長い歳月をかけて対策を続けなければなりません。これは本当に気が滅入る作業となりますが、諦めずに続けるしかないのが現状です。

 

 

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at 13:48, 星 良謙・子授け地蔵, 霊感・霊能力について

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霊障解消の困難さ4(星)

名無し様コメント有難う御座います。

 

実は、昨日神社に参拝した際に御神籤を引きましたところ、御神籤の裏に下記の文章がありました。

 

神の教え

 恨むおもいは炎(ほのお)となって人も己が身(み)もやきつくす

波(なみ)立(た)たぬ平(たい)かな心の海(うみ)には、神様の御光(みひかり)が澄(す)み入って清(すが)々しい。人を恨(うら)み、憎(にく)む心は、先ず我が胸(むね)をこがして、炎(ほのお)となり、刃(やいば)となって先方(せんぽう)をきずつける。それが又目にこそ見えぬ 木霊(こだま)の様(よう)に再(ふたた)び自分に返(かえ)り来つて身を害(そこ)なう。まず恨(うら)みの炎を打(うち)消し、心の波(なみ)を静(しず)めよう。

 

帰り際にこれも何かのご縁かと考え、怒りや憎しみについて記事を書くべきかと考えていましたところ、コメントを頂きましたので、再度、怒りと憎しみの話題を取り上げることにしました。但し、神の道について語ることができるような人間ではありませんので、いつもと同じように現実世界と心霊世界との関連について書きたいと思います。

 

さて、コメントを拝見して同じような経験をしたことを思い出しました。それは父が他界した後に自律神経失調症を発病して自宅療養をしていた頃のことでした。あの当時は転職も決まり、希望を抱いていた時期でしたので、どうして自分がこんな病気になったのか分からず、途方に暮れていました。最初は暫く静養すれば治るかと思って居のですが、長い療養生活となったことから決まっていた就職の話も立ち消えとなりました。

 

そんな頃に激しく怒っている夢を見ました。自分の中では既に終わっている話であり、忘れていた内容でしたが、自分の心の中には、激しい怒りが眠っていることに気付きました。自宅療養と言っても特に何もすることがない状態でしたので、時間だけは充分にありましたので、自分のこれまでの人生を振り返り、あれこれ考える日々が続きました。そんな日々を続けていたところ、自動書記が始まってしまったのですが、今回のテーマとは異なることから機会を改めさせて頂きます。

 

その時の体験から書きますと、怒りは忘れたつもりでも心の奥底に眠っているだけであり、忘れていませんでした。これは自分にとっても意外な事であり、自分は何にこだわっているのかと色々考えてみました。この作業は宗教家の説くような反省でもなければ、内観でもなく、自己分析でした。そのため、これまでの人生を静かに振り返り、悟りましたなどと書くつもりもなく、自分の中の怒りを昇華したと書くつもりもありません。

 

しかし、心霊世界を考える際に、この怒りは忘れたつもりでも心の奥底に眠っているだけであり、忘れていないことは重要な手掛かりとなります。現実世界の場合には、通りすがり様のお話の様に怒っていることに疲れるだけでなく、日々の生活に追われることもあり、忘れることも多いのですが、心霊世界では事情が異なります。その違いの一つは時間感覚の違いであり、もう一つは心霊世界では思考と行動が同一であることです。この二つの違いが分かりますと怨霊の行動が理解しやすくなります。

 

最初に時間感覚について書きますと、心霊世界では時間の流れは、人によって異なり、何十年前であろうと、何百年前であろうと本人の考える時代の感覚で止まっています。そのため、数百年前や千年以上前の時代感覚でいるのが一般的です。これは何も心霊世界に限られた話ではなく、現実世界においても似たようなことはあります。例えば日本でも電気やガスがない生活をしている人は皆無ではありません。電気やガスがない生活をしている電気やガスがない生活をしているならば、江戸時代の生活と大差がない生活となります。これは令和の時代を生きていても江戸時代を生きているのと同じことになります。また、高齢者が時代の変化を受け入れられずに古い価値観のままで生きていることや昔を懐かしみ過去の思い出の中で生きていることは珍しくありませんが、これも現代を生きながらも心は過去の時間で止まっていると言えます。

 

次の心霊世界では思考と行動が同一であることは、現実世界を基準にすると分かにくい話ですが、心霊世界は肉体のない世界であることから思うことと行動することの差がありません。現実世界であるならば、行動するためには身体を動かす必要がありますが、心霊世界においては、肉体の制限がありません。現実世界で似たような事例を考えますと、音声だけで反応する電化製品に取り囲まれた生活が一番近いと言えるのではないかと思います。守護霊は霊界では相手を殴りたいと思うことは相手を殴るのと同じであり、相手を殴りたいと思うならば、相手を殴っているのが心霊世界であると語っていました。

 

この二つのことを前提にして考えますと、忘れたつもりでも心の奥底に眠っていた怒りは、死後の世界において復活する可能性は高くなります。現実世界においては日常生活に追われて忘れていたことでも、忘れていた感情が蘇り、その感情に支配されることになる可能性が高くなります。それが誰かに対する怒りであったり、好きな人に対する恋愛感情であったりと内容は違っても、その感情に支配され、翻弄されることになります。そして心霊世界では、時間が止まっていることから何百年過ぎようとも誰かに対する怒りや好きな人に対する恋愛感情を抱き続けることになります。

 

このことは何も心霊世界に限られた話ではないと思います。現実世界でも40年、50年前の恨みを死ぬまで抱き続けることや初恋の人に対する恋愛感情をいつまでも抱き続けることは珍しい話ではありません。本人の心の中で怒りの感情が解消されていなければ、何十年の歳月が流れても怒りの感情は残り続けると言えます。現実世界に生きていますと、忘れることが怒りを解消したと錯覚しているだけの話であり、その怒りは死後の世界に持ち越されることになります。そして心霊世界においては、思うことは行動することになりますので、怒りを抱く不成仏霊が子々孫々まで呪ってやるとの気持ちを持つならば、子孫に障りを起こし続けることになります。

 

 

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at 11:17, 星 良謙・子授け地蔵, 霊感・霊能力について

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霊障解消の困難さ3(星)

梅雨が明けたと思ったならば猛暑が・・・・

 

何とかエアコンが間に合って安心しております。

 

ただ、災害地の方々はこの猛暑の中で復旧作業をされていることを考えますと、こんなことを考えているのは不謹慎かとも考えています。

 

何もできませんが、1日も早い復旧を祈っています。

 

それはさておき・・・・・

 

霊障鑑定でご先祖の状態を鑑定させて頂く際に100年以上前に亡くなられた先祖、100年未満から50年以上に亡くなられたご先祖、50年未満に亡くなられたご先祖に分けて鑑定することがあります。これは障りを起こしているご先祖を特定することを目的に始めたことですが、50年未満に亡くなられたご先祖の状態だけが極端に悪い傾向があります。50年ごとに区切りには深い意味はなく、10年毎(ごと)でも20年毎(ごと)でも良いのですが、作業効率と鑑定料金の関係から選んだ数字ですが、50年に意味があるのだろうかと考えるようになりました。

 

今年は西暦で2020年ですので50年前と言えば、昭和45年、西暦1970年となります。しかし、実際の鑑定では、100年以上前に亡くなられた先祖には問題がなく、100年未満から50年以上に亡くなられたご先祖は少し悪く、50年未満に亡くなられたご先祖が非常に悪い事例が少なくありませんので、昭和30年代に何らかの原因が隠れているのではないか考えることができます。高度成長期が1955年から1973年、昭和30年から昭和48年までとされていますので、高度成長期に該当する時期と思われます。

 

この時期は三丁目の夕日に描かれた時代背景ではあり、三丁目の夕日に描かれているように多くの人が貧しくても穏やかな暮らしをしていたならば、この時期に亡くなられた方々も成仏されているはずなのですが、この頃に亡くなられたご先祖が成仏されてない可能性が高くなる時期となります。しかし、亡くなられた方が成仏できない原因としては、生前の人生に何らかの原因があると思われます。つまり原因は昭和30年以前に遡る必要が生まれます。そこで少し時代を遡りますと、日本政府がポツダム宣言の履行等を定めた降伏文書に調印したのが、昭和20年、西暦1945年であることから終戦が時代の境目である可能性を考えることができます。

 

ここまでの話を前提に考えますと、終戦を境にして日本人にとって価値観が大きく変わる出来事があり、それが徐々に心霊世界にも影響を与え、20年後の昭和40年代になり、決定的になったのではないかと考えました。20年と言う期間は長すぎると思われる方もいるかと思いますが、10歳の子供が大人になり、社会的に影響力を持ち始めるためには20年程度の歳月が必要となることを考えるならば、決して長い期間であるとは言えません。また、価値観が変化する前の価値観を持っていた世代を40代から50代と考えるならば、40代から50代の人間が社会的な影響力を失うのにやはり20年程度の歳月が必要となります。そのため、20年の歳月とは決して長い歳月ではなく、古い価値観が力を失い、新しい価値観が世の中の主流になるためには、必要な歳月であると言えます。

 

ここで何が日本人の価値観を大きく変化させたのかと考えますと、戦後教育の結果であると考えるのが、妥当ではないかとの仮説が成り立ちます。勿論、教育にすべての原因を求めるべきではなく、世の中の風潮や世論を誘導している新聞や雑誌、ラジオなどの影響も非常に大きいのではないかと疑う必要があります。いずれにしても時代の転換点であったことには間違いなく、世の中の風潮の変化が大きいのではないかと思われます。

 

終戦後に何が起きたかと言えば、それまでの価値観の崩壊であり、米国の占領政策による思想統制です。米国の占領政策の一環として思想統制が行われたことはあまり知られていないようですが、米国は戦争についての罪悪感を日本人に植え付けるための宣伝計画を実行しています。それはWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)と呼ばれる政策であり、日本の学校教育やマスコミが左翼化した大きな理由です。このブログは、政治問題を取り上げることが目的ではありませんので、興味のある方は、下記の本を読まれるか、WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)で検索されることをお勧めします。

 

アメリカ人だから言えた 戦後日本教育の不都合な真実 ケント・ギルバート著 イースト・プレス

日本は誰と戦ったのか コミンテルンの秘密工作を追求するアメリカ 江崎道朗(えざきみちお)著 ワニブックス

 

これまでの話を前提にして50年未満に亡くなられたご先祖の状態だけが極端に悪い傾向がある理由を考えますと、一つには戦後教育において宗教的な価値観が否定されたことや高度成長期に経済的な価値が優先されたことが原因ではないかと思われます。この問題の背景には、左翼思想の影響も大きいのではないかと思われますが、あまりにも大きすぎる問題であり、管理人の手には負えない問題です。

 

いずれにしても毎月の先祖供養を継続されている方であっても昭和40年頃以降に亡くなられた方が迷われていた事例は少なくありませんので、お盆やお彼岸、祥月命日などには個別に供養されることをお勧めします。

 

 

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at 22:24, 星 良謙・子授け地蔵, 霊感・霊能力について

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霊障解決の困難さ2(星)

やっとエアコンが届きました。V(^-^) ヤッタ♪

 

お陰様で快適な時間が過ごせます。

 

考えてみれば、管理人の子供の頃は扇風機しかなく、毎年寝苦しい夜が続いていたような気が・・・

 

それを考えるならば、随分と楽させて頂いています。

 

それはさておき・・・

 

前回に続き、今回も「アメリカインディアンの教え 加藤諦三著」からの引用から始めさせて頂きます。

 

第一章 批判ばかり受けて育った子は批判ばかりします。

 

 心のどこかで自分に失望している人がいるとしましょう。その人も親になります。人情として、自分の子供に、自分がダメな人間でだと示したくないのです。すると虚勢を張って自分が立派な人間であるふりをします。自分がそれほど優れていることを認められない親、こんな親が子供にいちばん批判的なのです。

 いったいどうしてなのでしょう。彼(もしくは彼女)は、日頃から自分への失望を隠しています。そこに生まれる心の葛藤は少しのことでは解消できません。そこで、彼は、自分の子供に批判的となり、「おまえはダメだね!」と激しく失望してみせることで、あたかも自分が優れているように思い込んで心をなだめているのです。

 

中略

 

 一方、いつも「ダメだね!」と批判された子供はどうなるのでしょうか。まず、いきすぎた批判で、子供は自分に失望していきます。するとその子供は次に、他人を攻撃することで、自分への失望と戦おうとするのです。親と同じように、他人への批判で自分がダメな人間だという思いから目をそらそうとします。他人を批判している限り、自分が弱点のない人間であるような気になっていられるのです。自分に自信がないので人生に正面からぶつかっていけずに、他人のすることを見て、「あんなもの、くだらない」と非難するのです。

 困ったことに、こういう情緒的に未熟な人というのは、しばしば同類と結びついて一緒に他人を非難します。仲間がいるぶん気楽なので、この傾向は強まります。確かに世の中には俗悪さが満ちあふれていますが、これではもちろん世の中がよくなることなどありえないし、自分が情緒的に成熟していくなど、望むべくもないでしょう。

 

アメリカインディアンの教え 加藤諦三著 P20-P24

 

不成仏霊には幾つかのタイプがありますが、大きく分けますと、成仏を求めているタイプと成仏を求めていないタイプになります。成仏を求めているタイプは、生前に神仏との縁が希薄であり、どうすれば成仏できるかが分からずに迷っているタイプです。このタイプは、積極的に障りを起こす意思はない場合が大半ですが、子孫が供養に無関心な場合には、自分たちが供養を求めていることを気付かせるために障りを起こすことがあります。しかし、子孫に障りを起こすことを目的にしていませんので、子孫が供養を始めますと障りが解消することが大半です。

 

しかし、供養を求めていないタイプの場合には、供養を継続していても容易には成仏しない傾向があります。今回ご紹介した話に登場する他人を批判ばかりしているタイプの不成仏霊も成仏が困難なタイプとなります。この本の中では、自分の不幸の原因を誰かに求めていることから他人への非難を繰り返しているとあります。この本は子育ての話が題材であることから主に親子関係の話となっていますが、自分に対する失望が根底にあり、そのことから目を背(そむ)けるために他人を批判していることが不幸の原因とされています。

 

心霊世界と言っても現実世界と表裏一体であり、生前に他人を批判ばかりしていた方は、霊界に帰ってからも生前と同じ心境となります。このタイプは、自分の不幸の原因を誰かに求めていることから他人への非難を繰り返します。そのことが供養しても成仏が困難な理由となります。供養することで迷っている心霊が成仏するとは、自分が犯した間違いに気付き、考え方を改めることであり、その手助けが仏の働きとなります。しかし、不成仏霊に生前の間違いや罪を認める気持ちがなければ、仏がどんなに慈悲深いとしても許しを求めていない者の罪を許すことはできません。

 

前回ご紹介した恨みや憎しみの念を抱き続けている怨霊にも言えることですが、生前に他人を批判ばかりしていた不成仏霊は、神仏の慈悲を拒絶する傾向があります。悪いのは自分ではなく、他の人間であり、自分がどうして神仏に指導されなければならないのか、神仏が指導すべき相手は他に数多くいるだろう。そいつらを先に指導すべきであり、自分は神仏から指導される必要などないと言った調子です。そのため、通常の供養では供養を継続していても成仏は難しく、成仏には長い歳月が必要となります。

 

また、この本を久々に読み直していた際に「こういう情緒的に未熟な人というのは、しばしば同類と結びついて一緒に他人を非難します。仲間がいるぶん気楽なので、この傾向は強まります。」の部分が気になりました。考えてみれば、左翼運動をされている方々の主張を聞いていると人の批判ばかりしている気がします。激しく政府を批判することは野党として当然のことではありますが、どうも批判のための批判であり、建設的な意見の提言は皆無な気がしています。勿論、公約は掲げていますが、現実的な公約ではなく、単なる理想論を並べているだけのように思えます。

 

これは何も左翼活動に従事されている人々に限られた話ではなく、一部の保守系の論客にもみられる傾向です。彼らの心の中には、「他人を批判している限り、自分が弱点のない人間であるような気になっていられるのです。」と言った気持ちが存在しているのかと考えていました。以前から社会主義や国粋主義などの政治カルトの障りの解消に悩まされていましたが、政治カルトの障りが困難な理由は、自分に対する失望が根底あるからだろうかと考えています。しかし、成仏できない理由が自分に対する失望が根底あることが理由であるとしてもどんな祈願や供養が有効なのかが分かりません。

 

それでも不成仏霊の心を知ることが霊障解消の第一歩となると考えています。これからも試行錯誤は続くと思いますが、新しいことが分かりましたならば、ご紹介したいと思います。

 

 

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at 00:03, 星 良謙・子授け地蔵, 霊感・霊能力について

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霊障解決の困難さ(星)

昨日記事を書いていたのですが、記事の内容を公開して良いのかと悩み、下書きの途中で投稿を取り止めました。保守系の論客や経済学者の方などは、有料サイトを解説されて会員限定だけに詳しい話をされていることが多いようです。また、録音やメモ書きはすべて禁止、話の内容も他言厳禁の約束していて頂ける方のみを対象にした講演会を開催されている方もいますが、その気持ちが分かる気がします。

 

対面で話すならば、相手の理解度に合わせてどこまで話すかを決めることができますが、ブログの記事なとのように不特定多数の読者を前提にしている場合には、どこまで書くべきかに悩みます。それでも管理人が扱っている問題が政治や経済のように誰にも共通する問題であるならば、有料会員だけにはお知らせしますでも良いかと思いますが、心霊世界の話となりますと、限られた人にしか役立たないのではないかと思うことが大半となります。

 

一般の方には理解することが難しい世界であるだけでなく、日常生活にどこまで役に立つかと言えば疑問です。これが経済問題ならば、一般の方には少しばかり難しい話であっても経営者や経営に関与する立場の方からば、お金を払ってでも知りたい話は多いのではないかと思います。また、政治にかんしても政治に強い関心を持つ方や行政に関わっている方ならば、新聞やテレビが伝えない話を知りたいと思うことも多いのではないかと思います。

 

しかし、心霊世界の話となりますと話は大きく異なります。心霊世界の話が一般の方にとって役に立たないだけならば良いのですが、弊害になるのではないかと思うことが少なくありません。最近はほとんど見る機会もありませんが、霊能者のサイトや行者のサイトを見ていますと、小説としてならば面白い話とは思いますが、現実にあった話かとなれば疑問を持つ話はすくなくありません。また、どんな指導霊の指導を受けて記事を書いているのだろうかと疑問を抱くことは少なくありません。

 

管理人が霊障に悩んでいた頃には、インターネットはありませんでしたので、霊能者の本を読むか、人伝(ひとづて)にこんな霊能者がいると聞く程度の事しかできませんでした。そしてこの人ならばと思う霊能者に会ったことや講演会に参加したことなども何度もありますが、いずれも期待外れの結果となりました。大半の方は、霊能力を持っていると思われる方ばかりではありましたが、妄想と現実の区別ができないのではないかと思う方が少なくありませんでした。

 

また、霊能者の中には、自分ならば全ての霊障を一度に解消できると公言されている方も多いようですが、隠れている行者の霊を見抜くことが出来る霊能者に出会ったことがありません。心霊世界は心の世界であることから本人は虎と戦っていると考えていても、客観的に見れば、猫と戦っているのようしか見えないことが少なくありませんでした。この仕事を始めてからも何人かの行者や霊能者にお会いしましたが、いずれも期待外れでした。そのため、面倒ではあっても目の前の霊障を一つずつ解消することが霊障解消の近道と言えます。

 

一般の方からするならば、ご先祖を供養しているし、神社にも参拝しているのにどうして障りが解消しないのかと疑問を抱く方も少なくないのではないと思います。その一つの理由が、怒りと憎しみ、それと愛憎劇の根の深さであり、怒りや憎しみが引き起こす障りではないかと思うことがあります。随分と古い本ですが「アメリカインディアンの教え 加藤諦三著」の中に怒りに関して書かれた話がありますので少し引用させて頂きます。

 

第二章 敵意にみちた中で育った子はだれとでも戦います。

 

 虚栄心の強い人は、多大なエネルギーを労費し、自分を大きく見せて相手を圧倒しようとします。いわば力の誇示ですが、実は心の底で、自分はつまらぬ人間だと思っているのです。実際の自分がばれることを恐れているのです。

 こうした劣等感がさらに深刻だったりすると、心のバランスをとるために、他人の賞賛を激しく求めたりします。自分が望むほど自分が優れていないと感じていながら、それを認めることができずに、虚勢を張って生きているのです。こんな人はまた、野心や名声にも固執します。それらが自分の無力感や孤独感を解消してくれるからです。この栄光を求める心の中には、他人や世の中への復讐の衝動が隠れているようです。

 

中略

 

 憎しみにとらわれると、そういう人生に意味があろうがなかろうが問題ではなくなってしまいます。復習が彼の心にとって必要不可欠になってしまったのです。自分を成長させようなどとは考えず、他人の上に自分をおき、他人を辱(はずかし)めることが彼の人生の目的になっているのです。

 

アメリカインディアンの教え 加藤諦三著 P38-P41

 

この本の著者は心理学者であることから怒りや憎しみについて書かれていますが、管理人には「憎しみにとらわれると、そういう人生に意味があろうがなかろうが問題ではなくなってしまいます。」の話が障りを起こしている怨霊の気持ちを端的に表している気がしました。つまり怨霊は、復讐だけが目的であり、成仏できないことなどは関係がないと思われます。そのため、障りの中でもこの恨みの念と言うのは非常に厄介であり、家系に対する恨みの場合には、幕末から明治初期の恨みが見つかることも珍しくありません。曽祖父ともなれはぎ、どんな人物であったのかすらも分からないことが多いのではないかと思いますが、それ以上に古いとなれば、何があったのか皆目見当もつかないことが大半となります。また、恨まれているのが、直系の祖先ではない場合には、子孫にとっては訳の分からない恨みに苦しめられることになります。

 

しかし、恨みを抱く不成仏霊は、末代まで祟ってやるとの気持ちが強く、本家か分家かの違いに関係なく障りを起こします。また本家筋の家系が絶えた場合には、分家が狙われ、分家の家系が絶えた場合には、子孫の嫁ぎ先の家系が狙われます。また、養子であっても名前を継ぐならば、狙われますので、養子であるかどうかも関係ありません。本当に復讐がすべての目的のような状態となります。ここまで極端な恨みではないとしても、ご先祖が金貸しなどをされていたり、あくどい商売をされていた場合には、これはこれで厄介な話となります。この場合には、不特定多数の人々からの恨みの集合念となりますが、家系の大きく衰退させる要因となります。


この他にもご先祖が女遊びをされたことで相手の女性から激しく恨まれていた事例も少なくありません。この場合にも恨みは非常に深く、幕末から明治から家系を恨み続けていた事例は珍しくありません。ただ、経済的な恨みなどと異なる点は、憎しみと愛情が入り乱れていることであり、憎しみが解消されますと生前の相手に対する愛情が蘇ることです。霊視が可能ならば分かりやすいのですが、般若のような恐ろしい顔が、生前の穏やかに顔に変わることは珍しくありません。

 

基本的に恨みの解消は恨みを抱く相手に対してお詫びする気持ちで家系の運有縁無縁之霊を供養することと、罪障消滅の祈願祈祷が基本となります。但し、これは一般論であり、過去にはお施餓鬼が効果的な場合があったり、良縁祈願が効果的であったりと個々の事情によって異なる場合が少なくありませんでしたが、有縁無縁之霊を供養することと、罪障消滅の祈願祈祷に関しては機会があれば、障りの自覚がなくても受けられることをお勧めします。

 

ここまでは恨みを抱く相手が日本人の場合ですが、これがシナ人や朝鮮人となりますと話が大きく変わります。相手がシナ人や朝鮮人の場合には、呪詛が隠れている可能性が非常に高くなります。相手が日本人の場合には、呪詛と言っても藁人形を利用した呪詛が大半ですが、シナ人や朝鮮人の呪詛の場合には、専門家に依頼したと思われる呪詛の確率が高くなります。呪詛の専門家がかけた呪詛の場合には、素人が呪詛を解くことは非常に危険となります。

 

また、呪詛の術は数種類の呪詛が隠れている場合が多く、簡単には破られないようにしてあることから祈祷を専門としてる祈祷師でも二の足を踏むことも少なくないのが普通です。但し、術はどんな術であるかを見破ることができれば、それほど恐れる必要はないのですが、術を見破ることは簡単ではありません。このように書きますと、読者を脅すことになることからあまり書きたくはなかったのですが、霊障をあまのにも安易に考える方が多いと感じていますので、少し触れておくことにしました。

 

相手が日本人であっても復讐の鬼になっている怨霊の障りは簡単には解消しません。生きている人間からするならば、100年も前の話なのにと思っても怨霊になっている相手は、時間が止まっていることから100年でも200年でも恨み続けます。そのため、放置を続ければ、障りが深刻化するだけであり、供養や祈願祈祷をされない限り、障りは解消しません。また、呪詛の場合も同じであり、専門家のかけた呪詛の場合には、100年でも200年でも呪われ続けます。術を破らない限り、障りは起こり続けると思います。

 


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at 21:31, 星 良謙・子授け地蔵, 霊感・霊能力について

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コンピューター占いの信頼度(星)

唐突ですが、エアコンが壊れました。(T.T)

猛暑に入る前にと早速買い換えましたが、取付工事が済むまでは、熱中症にならないように気を付けます。

 

しかし、先月は、プリンターが壊れ、その前はスキャナーが壊れ、年末にはPCを買い替え、昨年の秋には車が壊れて買い替えました。

「祟りじゃ・・・」と叫びたいところですが、「寿命じゃ・・」と突っ込まれそうです。

 

PCはWindows7を利用していましたので、サポート終了に伴う買い替えでしたが、その他の家電製品はいずれも通常の耐用年数を大幅に超えていた。そのため、いつ故障しても不思議ではない状態でしたが、故障の時期が重なってしまいました。

 

「やはり祟りなのか・・?」と悩んでいます。

 

「一度に壊れるよりは良いだろう」との声が・・・

 

それはさておき・・・・

 

遠江様、コメントありがとう御座います。

占いのサイトによって結果が真逆になるとのご質問ですが、少し話を整理させて頂きます。

コンピューター占いに関しては利用した経験が少ないのですが、占いの結果がサイトによって真逆となる原因を少し考えてみました。

 

まず、質問にお答えする前に一般論からお話させて頂きますと、占いには膨大な数の占いがあります。管理人も占いの本に関してはトランプ占いやタロット・カード、西洋占星術、易、風水、奇門遁甲だけでなく、姓名判断や気学、四柱推命、紫微斗数、数秘術、手相などの比較的知られている占いだけでなく、あまり知られていない占いである六壬神課などの本まで数多くの本を集めています。勿論、日常的には全く利用していない占いの方が多いのですが、これだけ占いの種類が多いと何を選ぶかが問題になります。

 

占いを大きく分けますと、西洋占星術や四柱推命、紫微斗数などの出生年月日と出生時間を利用する占い、手相や人相のように身体を観察する占い、易やタロット・カードのように偶然を利用する占いの3種類に分類できます。例外と言える占いもありますが、基本的にはこの3種類となります。この他に風水や方位術、撰日法などもありますが、これらは占いではなく、方術に分類されます。基本的には、どの占いで占ったとしても同一の結果になるはずであり、管理人の場合にはどの占いで占っても同じような鑑定結果になります。もし、鑑定結果が異なっていたならば、占いが外れている可能性が高くなります。

 

さて、占いのサイトによって結果が真逆になるとのご質問ですが、考えられる可能性としては、占い自体の信頼度に問題があるのではないかと思われます。例えば、雑誌などに掲載されている星座占いは手軽な占いではありますが、西洋占星術とは全く別の占いであり、信頼度は大きく低下します。また、個人的には気学は当たり外れが大き過ぎるのではないとの印象があります。勿論、管理人は気学に関しては入門書を読んだ程度であり、気学が占いとして信頼できるかどうかを論ずるべきではありませんが、生まれ年の九星で運勢を占うことには疑問を感じています。

 

故鮑黎明氏は、的中率が高い占いとして「鉄板神数」「太乙神数」、次に「四柱推命」「紫微斗数」「七星四余」、次に「算命学」とされていたと思います。個人的にはどの占いも詳しくありませんので、どの占いが信頼できるかは分かりませんが、いすがれにしても占いによって的中率に差が生じると思われます。コンピューター占いと言っても何らかの既存の占いをベースにしてプログラムを作成していると思われますので、元になっている占いの信頼性が低い可能性があります。

 

また、占いのプログラムを作成する際に占いの鑑定方法を簡略化している可能性もあります。特に無料占いの場合には、プログラムの作成時に鑑定の要素を大幅に削減している可能性があります。例えば、タロット・カードの鑑定の際には、通常大アルカナと呼ばれるカードを22枚と小アルカナと呼ばれるカードを56枚と合わせて78枚のカードを利用ますが、無料の占いサイトなとでは大アルカナと呼ばれるカードを22枚だけで占うこど多いようです。大アルカナと呼ばれるカードを22枚だけで占うことは可能ですが、細かいことは分かりません。

 

これはタロット・カードの場合ですが、西洋星占術や四柱推命、紫微斗数などにおいても行われているのではないかと思われます。例えば、西洋占星術においては基本的に10種類の星(太陽・月・水星・金星・火星・木星・土星・天王星・海王星・冥王星)を利用しますが、10種類の星ではなく、5種類の星だけを利用して鑑定している可能性があります。また、無料占いの場合には、太陽の動きだけを利用している可能性も考えられます。この他にもハウスなどの幾つかの要素を使用することなく、鑑定している可能性は高いと思われます。これらはプログラムの内容であり、利用者には分からないことであることからサイトを見ているだけでは判断しようがありません。

 

これは方位術においても同じことが言えます。方位術には幾つかの鑑定方法がありますが、通書撰日で説明しますと、通書撰日の鑑定においては各方位に吉神と凶神を配して吉凶を判断しますが、吉神と凶神を減らしている可能性があります。また、気学で鑑定するか、奇門遁甲で鑑定するか、通書撰日で鑑定するかで吉凶が異なる可能性がありますが、この場合には方術の信頼性の問題となります。奇門遁甲と通書撰日に関しては、多少勉強していますが、気学に関しては詳しくありませんので、お答えすることが難しくなります。いずれの方術を利用しているとしても鑑定方法が簡略化されている可能性があります。いずれにしてもプログラムの内容を確認してみませんと、判断は難しいことです。

 

これらの問題は、コンピューター占いに共通する問題であると言えますので、どのサイトならば信頼できるかを判断することは非常に難しいと思われます。そのため、鑑定結果と実際の吉凶を考え、的中率を比較するしかありません。個人的には易の無料サイトを利用することはありますが、それほど的中率が悪いとは思いません。但し、易は一般の方には解釈が難しい場合がありますが、これは一般論で解釈することしかできない自動占いの限界と言えます。

 

何とも中途半端なお答えとなりましたが、コンピューター占いでは限界があると思います。対面で鑑定しても占い師の技量で結論が真逆になることもあります。これは検定結果の解釈の差であり、占い師の技量の差となります。コンピューター占いの場合には、それがもっと極端になると思われます。個人的にお勧めするとするならば、易の無料サイトを利用されるか、神社仏閣のサイトに御神籤がひけるサイトを利用されることをお勧めします。

 

 

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at 13:50, 星 良謙・子授け地蔵, 読者からの質問

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内部告発(星)

やっと藤井厳喜氏の「国連の正体」を読み終わろうとしていますが、・・・

まだ読んでいない本が残っています。上念司氏の「経済で読み解く日本史 平成編」と青山繁晴氏の「不安の解体」に関しては全くよずに本棚に眠っています。読んでいる時間がないと言えば、それまでなのですが、気になる本が何冊かあります。

 

そんな状態ではありますが、月刊WILL 2020年9月号を読んでいたところ、下記の記事が目に留まりましたので、少し引用させて頂きます。

 

中国在住13人の知識人が内部告発!

中国はナチス化している

反体制、独立自由の良心を持つ中国の知識人は、数えきれないほど存在している

 

日中韓国際文化研究所所長 金 文学

 

中略

 

 日本にはあまり伝わってきませんが、実は中国大陸には、反体制派、あるいは独立自由の良心を持つ知識人たちが、数えきれないほど存在しています。中国本土の独裁体制にいながら、中国の不条理や病弊(びょうへい)をえぐり、勇気ある批判を繰り返す知識人たちは、まさに「知的勇士」と言えるでしょう。

 あれほど厳しい言論統制、人権弾圧を受けながら、あえて批判的知識人として自分の信念を曲げない彼らに、私は最高の敬意を表します。

 私は中国で生まれ育った比較文化学者、文明批判家として、中国で発信し続ける反体制、批判的知識人にかねて注目していました。そこで多くが知己(ちり)でもある彼らに会ってインタビューをし、その肉声を日本に伝えようとしたのです。

 

月刊WILL 2020年9月号 P302
 

 

※病弊(びょうへい) 物事の内部にひそむ弊害

※比較文化 古今東西のあらゆる文化圏を背景として,文化形態を比較考量し,人間文化の相互理解を目指す一連の試図をいう。

※自分のことをよく理解してくれている人。親友。

 

「あれほど厳しい言論統制、人権弾圧を受けながら、あえて批判的知識人として自分の信念を曲げない彼らに、私は最高の敬意を表します。」とありますが、中華人民共和国の国内にありながら中国共産党政権を批判することは、最高の敬意ではとても足りないと言うべき行為です。日本国内で中国共産党をどんなに批判したとしても命が狙われる危険は非常に低いことから中国共産党を批判することは容易ではありますが、自分の命だけでなく、自分の家族や自分の周囲の人間にまで危険が及ぶ行為です。そのことを承知しながらも政府を批判する勇気には、敬服する以外にありません。


評論家の石平氏は、自分は中国に帰ったならば殺されると公言されていました。日本に帰化されていると言っても中華人民共和国の出身であることを考えるならば、石平氏が中国共産党を批判し続けていることは、充分に称賛に値する行為であると思いますが、中華人民共和国の国内にありながら中国共産党政権を批判することは、余程の強い信念と決意がなければ、とてもできないことです。今回引用させて頂いた内容は、その勇気ある行動をされている13人の学者の方々の意見をまとめた本の紹介記事です。

 

「われれられが習近平体制と命がけで闘う13の理由」ビジネス社 定価1600円 詳しくは こちらから

 

今回の記事の中では、13人の学者の意見を要約した内容が掲載されていますので、少しだけ引用させて頂きます。

 

<1>袁偉時(えんいじ)

金(文学) 歴史学者として今回のコロナウィルスについて、どんな教訓を後世に残したいのか。

袁 中国の近代史は、中国人にとって「暗い歴史」「西洋列強に打ち負かされた歴史」です。中国の教科書でも、中国が各国にいいようにやられた理由を西洋帝国主義や日本軍国主義のせいにしています。ところが、そこには肝心なものが欠けている。自省の念です。これこそ中国人の悪習の一つ。絶対に謝らないし、反省、自己批判もしない。「以史為鑑」(歴史を鏡にする)を叫びながら、中国人は歴史の真相を常に歪曲(わいきょく)し、すべてを他者のせいにする。自らの過ちを棚上げにしたまま、その他者を敵視しがちです。しかし、反省しないでいる限り真実は見えてきません。

 

月刊WILL 2020年9月号 P304

 

引用させて頂いた記事では、この話に続き、具体的な問題点を指摘されていますが、肝が据(す)わっていると感心します。ここまで話したならば、良くて自宅監禁、最悪の場合には拉致されるだけでなく、拷問が待ち受けているのではないかと心配してしまいます。事実、香港では何人もの民主派の活動家が死体で発見され、自殺として処理されていると聞きます。香港の民主活動家ですら当局に抹殺されている可能性が高いのですから中華人民共和国の国内であれば、いつ拉致されたとしても不思議ではありません。そんな勇気ある行動をされている学者の方々に対して何ができるのだろうと考えてしまいます。

 

管理人には、何ができると言っても「made in China」と書かれた商品を買わない程度の事しかできませんが、命がけで発信された意見を拝読させて頂きたいと思っています。

 

 

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at 12:41, 星 良謙・子授け地蔵, 中華思想

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