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縁切りの祈願(星)

随分昔の話ですが、管理人が霊障の解決策が分からずに右往左往していた頃に、霊能者や知り合いから先祖の業とか、〇〇因縁と言った言葉を聞きました。 管理人はすべての不幸の原因を心霊現象に求める霊能者に疑問を感じていたことから、〇〇因縁の言葉にも疑問を感じていました。

また、〇〇因縁との言葉は、仏教用語の因縁の意味からは、大きく逸脱していることを知ってからは、霊能者の作り出しだ造語ではないかと思うようになりました。そのため、因縁を切るとか、因縁切りと言った言葉の使い方に対しても霊能者の作り出した造語ではないかと思っていました。

仏教用語としての因縁に関しては、過去の記事を参考にして下さい。 仏教用語

そのため、管理人は〇〇の因縁と言われる現象は、霊能者の言うような因縁が原因ではなく、別の理由があるのではないかと考えるようになりました。このことに関しての管理人の考えは、過去に取り上げていますので参考にして下さい。

家系の因縁 家系の因縁 家系の因縁

しかし、暫く前に彼女と癌封じで有名な西浦不動に参拝しましたところ、悪縁切りのお不動様が祀られていました。そのことは以前から知っていましたが、彼女が縁切りの祈願はあるのだろうかとの疑問を持ちました。お寺の方にお訊ねしたところ、悪縁切りの祈願の申し込みを受け付けているとの話でした。

仏教の教えでは因縁は原因と結果の連鎖であることから、因縁を断ち切ることは原因と結果の連鎖を断ち切ることになってしまいます。しかし、原因と結果の連鎖を断ち切れることができるのであるならば、仏教の教えを否定することになってしまうのではないかと疑問を感じていました。

自宅に帰ってから、ネットで検索してみますと縁切りの祈願のあるお寺がありました。少し調べてみましたが、胡散臭いお寺ではないことから、そのことについて少し考えておりましたところ、ご神霊から悪縁を切るとは執着を断つことであるとのお言葉がありました。

唐突に降りたお言葉であり、書き留めることもできませんでしたが、災いを招く原因は執着であり、その執着を断ち切ることが、因縁を断ち切ることであると言った内容でした。すべての災いの原因が執着ではないとしても、執着を断ち切ることが本当の縁切りであるとの話には納得できました。

ただ、理屈としては分かりますが、縁切りを願う人の多くは大きな苦悩の最中にある人や大きな憎悪を抱えていると思われることから非常に難しいことであるのではないかと思われます。そのため、これも一つの仏の慈悲ではないかと思われます。

・西浦山 無量寺 (愛知) 真言宗醍醐派
悪縁切り祈願 3千円 通信での申し込み可能
公式HPはありません。 こちらから

・鎌八幡(大阪)
通信での申し込みが可能です。
公式HP こちらから

・信貴山高知別院 龍王院
通信での申し込みが可能です。

公式HP こちらから 

・安井金比羅宮(京都)
悪い縁を切り良縁を結んで下さるそうです。

読者の方からお知らせ頂いた情報です。

社務所は5時半ごろまで。
神前昇殿祈祷は予約制(075-561-5127 fax 075-532-2036)
3日間祈祷 6千円、1週間 1万円、1ヶ月 3万円。2日目以降は早朝に祈祷。

公式HP こちらから

効果の程は分かりませんが、ストーカーなどで悩まれている方は、検討される価値はあるかと思います。

尚、どのお寺で祈願すべきかなどについてのご相談に関しては、申し訳ありませんが、占いの鑑定としてご依頼下さい。

at 21:23, 星 良謙・子授け地蔵, 縁切りについて

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霊能者との縁切り2

ヾ(@† ▽ †@)ノうわーん
負けてしまった・・・・・

<(T◇T)>わぁああああ!
二連敗・・・

龍神の祝詞を付け加えるべきだったか・・・
|ヽ(〜〜。) オチコミー

と言うわけで・・・・
当然、機嫌が悪い・・・・
機嫌が悪いから話が当然、難しくなります。

本当は前回の補足記事を分かりやすく書く予定でしたが、機嫌が悪いので理論的に書きます。
管理人は読者を無視するのかとの声があろうとも・・・
管理人の気分次第です。キッパリ・・
これも初回に谷繁がエラーするからだ・・・[壁]oT) エーンエーン

霊能力に関して言うならば、密教や修験道にて修行された僧侶や神主の方でなくとも、真宗、浄土宗、日蓮宗、禅宗などいずれか宗旨にて修行を積まれた僧侶の方の方が霊能者を凌駕する力を皆さんお持ちです。

ただ、潜在的にはお持ちであるとしてもその力に関心がないか、俗悪なものとして排除されているだけのことだと考えます。

その理由として霊能力とは突き詰めるならば心霊対処能力であり、どの程度の力を持つ心霊に対処できるかであり、またどの程度の力のある心霊の協力を得られるかではないかと考えます。

しかし、心霊世界の法則として自分の悟りの限界が交信できる心霊の限界となります。つまり自分の悟り以上の心霊との交信をすることは困難なことであり、また自分の悟り以上の心霊の指導や力を得ることも困難なことになります。

このこと自体は数多くの霊能者も説いているのではないかと思いますが、現実には多くの霊能者が神仏と考えている心霊の大半は、神仏を名乗ることが許されない悟りの段階の心霊が大半です。ではそれらの心霊が悪霊かと言えばそうとは限らないと言えます。また多くの場合にはそれなりの働きをしていることも多いのです。

では何が違うかと言えば、悟りの高さです。本来であるならば神仏の手足として働く段階にある心霊が、教祖や霊能者に憧れている人間の背後にてその人間を操り、自らも神仏として崇められると言った補完関係にあることで成立している関係です。

つまり神近き人間になりたがる人間と神仏になりたい心霊とが一緒になっているのが霊能者の大半なのです。そのため病気治しや商売繁盛などにおいては一定の成果をあげることもありますが、神仏の働きとは異なり、その働きは限定的となります。

神仏が働かれる場合には、その人間の人生を根本から修正されようとします。つまりそれが悟りへの導きであると言えます。例えばその方が大きな心の闇を抱えていたとするならばその心の闇を解消するために自分の心の闇と向き合うように仕向けます。

しかしこれは本人には試練となることが多く、祈願や祈祷されている方からするならば祈願や祈祷すればするほど自分の心の闇と向き合わなければならない事態に陥るとも言うことにもなりかねません。無論、高い悟りを持つ神仏が指導されるならば、試練の連続となることはありませんが、いずれにしても自分に都合よく事態が展開するとは限りません。

これに対して霊能者の背後にて働いている心霊は、悟りへと導けるほどの悟りを持っていないこともあり、大概の場合は祈願する者の望みを実現させることを最優先にします。そのため祈願する者にはとても都合のよい神仏となります。

しかし、問題を解消してくれるからと霊格の低い心霊を頼りにしていますと根本的な問題が解消されないだけでなく、多くの場合には潜在的な問題が拡大していずれは深刻な事態に陥ります。こうなってしまうともはや霊格の低い心霊では問題を解決することは不可能となってしまいます。

つまり霊能者が自らの霊能力を誇ったとしても現実に解決できるのは非常に限られた分野のことだけであり、人生を根本的に立て直すことや人々を悟りへと導くことはできないのです。

ではどうして伝統的な仏教や神道において霊能力が軽んじられているのかと言えば、霊能力に頼って人々の苦悩を解消するならば、霊能者と同じ危険性、つまり自分が神仏になったような気分に陥る危険性があるからです。

一部の密教系や修験道の系統においては現世利益としての加持祈祷が重視されてはいますが、それらは衆生を悟りへと導くための方便であって本来の目的は衆生を悟りへと導くことです。しかし、霊能者は逆に悟りを説いたとしても自分を権威付けるためでしかなく、主体は現世利益となります。これが霊能者の悟りの限界であり、霊能者の力の限界なのです。

そのため霊能者との縁を切りたいと願われるのであるならば、正統な流れを組む神社仏閣の心霊に帰依することが一番安全であり、また確実なのです。

ただこれはご自身がなされるべきことであり、管理人に依頼されたとしても依頼者の代理として祈願するだけのことです。しかし管理人が手数料を頂いて依頼者の代理として祈願するのであるならば、その手数料にて名刹や古刹にて祈願や祈祷を受けることができますのでそちらをお勧めしているのです。

一回の祈願、祈祷では不安を感じられるのであるならば、二回・三回と受けられても良く、また別の神社仏閣にて祈願祈祷を受けられるのも良いのではないかと思います。

尚、前回に「開運の方法」の実践を前提にしたのも神仏の縁を深めることが理由であり、また霊的な環境を整備することで心霊の影響を受けにくくすることが目的です。

at 21:44, 星 良謙・子授け地蔵, 縁切りについて

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霊能者との縁切り

本当はやらなければならないことはあるのですが・・・・
未だに良く分からない星占いのソフト・・・(←_→)??
なかなか完成しない占いのサイト・・・
と言っても書きたいことは多いので時間がかかるとは思いますが・・

放置されてままの書きかけの自動書記・・・・( ̄-  ̄ ) ンー
それが原因で更新できない「霊界通信・脱新宗教」

ついでに「神様の書いた恋愛詩」もコスモスや紅葉を扱った詩が何作かあるのですが・・
更新できないと悩んではおります。

しかし、・・・
今夜は日本シリーズ第三戦・・・
何が何でも観戦予定・・・
結果によっては立ち直れぬままに投稿お休みの可能性が・・・
と言うわけで今のうちに投稿を・・・

と言うのも・・・
どうしてもお答えすべき問い合わせがありました。
ときどき霊能者との縁を切るためにはどうしたらよいのかとのお問い合わせがあります。
これまではその都度、対処をお知らせしていたのですが、同じような悩みを抱えている方が多いようですので記事として投稿することしました。

基本的にはったりだけで何の力もない霊能者であるならば無視すればよいだけの話なのですが、本当に力を持つ霊能者が相手となると話は少し厄介となります。この場合には自分の力にて対抗しようと考えない方が安全となります。

特に霊能者も個人事業主のためか、顧客離れを防ぐことを目的にしてか、相談者を威かすことが多いようです。本来であるならば相談者の悩みを解決することで顧客離れを防ぐのが本来の姿なのでしょうが、あっさり問題が解決してしまうとそれで縁が切れてしまうこともよくあります。

同じことを整体の方も言われていたのですが、病気が治ってしまうとお客が減るので腕のいい整体師は常に新規の顧客を開拓しなければならないことになります。それに比べて下手な整体師はなかなか治せないから何回も通ってくれると笑っていました。

これは占いでも同じです。特に恋愛などは順調となれば鑑定の依頼はありませんので、適当に波乱が続いてくれた方が占い師としては儲かります。しかし、恋愛の場合には理性ではわかっていても感情で理解できないことが多いことから占っても意味がない場合も多いのです。

話を戻しますと、霊能者によっては他の霊能者や占い師に頼るなとか、頼ると悪いことが起きると威したり、助言の内容を他人に話すことすら禁じる方もいるようです。そして依頼者に自分の霊能力を誇り、何をしているか程度のことはすべてお見通しであると威す方もいるようです。

そのため不安に怯えながらも相談される方も多いのですが、基本的には霊能者に対して力で対抗しようと考えるのはお勧めできません。また同じ理由にて霊能者から守って欲しいとの依頼をされてもお引き受けすることはできません。

ある霊能者の方が書かれていましたが霊能者同士の闘いとは核戦争と同じで自分だけが被害を受けずに相手を倒すことはできないと考えてください。管理人はお陰様で本職の霊能者との闘いは経験したことはありませんが、やはり妬みの激しい方の生霊に悩まされた経験はあります。また極端に酷い霊障の方の相談が続くとさすがに少なからぬ被害を受けることは避けられません。

そのため少しばかり自分に霊能力があると自信を持たれている人であるとしても本職の霊能者に対抗しようと考えられるのは危険となります。最悪の場合には相手を倒すか、自分が倒されるかの死闘となる可能性があります。

ではどうしたら良いのかとなりますが、霊能者対霊能者との対決ではなく、霊能者対神仏の対決にすることが一番安全であり、確実です。つまり霊能者がどれだけの霊能力を誇ったとしても神仏に対抗するだけの力を持つはずもありません。

このように書いたとしても霊能者にも神仏が付いているではないかと考えられるかもしれませんが、本当に高い悟りを持つ神仏が人の心を覗いたりすることを許すでしょうか。まして他の霊能者や占い師に頼らぬならば災いをもたらすはずもありません。

つまりその程度のことを平然と公言するのであるならば、その霊能者を指導しているのは神仏を名乗を名乗る資格もない心霊が神仏の名前を勝手に名乗っているだけのことです。

これまでにも何度も書くましたが悟りの高い心霊は必要以上のことを語られることは少なく、またその内容も宗旨の教えからはずれた内容を説かれることはありません。そけれが悟り高い心霊の指導なのです。

では具体的には何をすればよいのかと言いますと、いつものことではありますが、「開運の方法」を実践してください。書いてあることのすべてを実践することは難しいかもしれませんが、できることから始めてください。

次に不安でしたならば、多少の費用は必要となりますが、密教系の名刹や古刹にて身体健全でも家内安全でもかまいませんので祈願を受けてください。尚、相手が神道系の霊能者であるならばお住まいの一の宮の神社か、格の高い神社にてお祓いを受けてください。

つまり正当な神仏のご加護を受けているならばまず手出しをすることができません。それでも災いが引き起こされるとしたならば余程執念深い相手か、ご自身の心の中に災いを引き寄せるだけの心の闇があるかのどちらかとなります。

しかしその場合でも対処は同じであり、より一層のご加護をお願いするだけの話です。

詳細はこちらから 立ち読みもできます開運の方法

at 13:14, 星 良謙・子授け地蔵, 縁切りについて

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修験道の心霊の御利益

TVを観ていても朝から亀田興毅の話題や本人の生出演・・・
さして関心もないのですが、不思議なのはなぜそんなに人気なのか?

ましてあの試合を観て号泣したと言っていた人や感激したと言っていた人がいたことです。

残念ながら管理人には理解不能?????

色々と噂の多い試合ではありますが・・・
などと考えてはおりましたが、

連日の暑さに ( ̄。 ̄)ボーーォ としておりました・・・・

が、しかし・・・・

雷 怒りマーク 「我らのことを忘れてはいまいな!」

ひえー・・・これは修験道の心霊の皆様・・・・
忘れてはおりませんが・・・・
このところ、色々と優先しなければ・・

むかっ 雷 「いつまで待たせる気だ!」

と言うわけで

1.御嶽教の心霊
 修験道は、山岳信仰に密教や陰陽道などが流入して成立した宗教とされていることから基本的には真言宗系と天台宗系の二つに分けられるようです。しかし、管理人の住む尾張地区で修験道と言えば、そのどちらにも所属しない神道系の御嶽教が主流です。

 御嶽教は御嶽山の登山口にてそれぞれ組織が別であるとも聞いていますが、管理人は御嶽講にも入会していないことからその組織などに関しては詳細についてはほとんど知りません。

 しかし少しばかりご縁があることもあり、御嶽山の里宮ではありますが、参拝に訪れたこともありますし、またこの地方にある御嶽神社には時折参拝しております。ただ御嶽神社の大半は講員のための施設であり、一般の人間が気軽に参拝できないのですが、稀に一般に開放されている神社があります。

2.教えの体系よりも実践
 過去に修験道の心霊からの霊界通信は何度かありましたが、印象としては教えの体系を残すことにはあまり関心を持たれていないようです。そのため霊界通信のほとんどが個人的な相談であり、体系的な教えを説かれることはほとんどありません。

 ただ、儒教を学ばれている方によれば、その教えは多分に儒教的な教えの内容であるとのお話でした。それは満足な装備を持つこともなく、命がけで峻厳な山に登られた人々の信仰の姿を考えるならば当然のことかもしれません。

 そのため参拝における厳しさにおいては、筆頭ではないかと思われます。何せ、心がけの悪い人間は御嶽山への入山は拒絶されるとの話があります。管理人の知り合いも車で出掛けたところ、車の電気回線がショートしてしまったと嘆いていました。その話を聞いて彼なら当然かと変に納得してしまいました。

 そのため各地の霊山(富士山も霊山です)に登られるときには、あまり観光気分にて出掛けられないことをお勧めします。

3.不倫旅行をして破局
 その当時、知り合いで不倫をしていた男性がいました。この知り合いも御嶽山は霊山であり、心がけが悪いと災いが起きることは承知してたのですが、何を狂ったのか、御嶽山に不倫旅行をされました。

 結果は、当然の如く旅行後にめでたく破局しました。と言うのも旅行後に不倫相手の女性に理想的な男性が出現したことから、当然の如くこの男性との関係は破局となりました。

 あまりにも出来すぎた話であることから、御嶽山の心霊にお尋ねしましたところ、どうも心霊がこの女性を不憫に思われて理想的な男性と出会えるように動かれたそうです。

 この女性にとっては棚牡丹式の幸運ではありますが、不倫相手とは間違っても霊山に出掛けられないことをお勧めします。逆に嫌な相手と別れたい場合には御利益があるかもしれません。

 但し、いい加減な気持ちで参拝されないように気を付けてください。


 人のことを心配する前に自分のことを心配しなくていいのかと管理人を疑っているあなた!管理人はそんなドジな真似は・・雷
 ほんの冗談です。(・ ・;))。。オロオロ。。''((;・ ・)

ますます深まる疑惑・・・本当に冗談ですから・・・(^^;

日進市岩崎の御嶽神社
 地図には神社が表記されていませが、現地にはあります。Pあり

津島市 天王川公園脇にある 御嶽神社
元々は治水を祈願して尾張徳川藩にて建てられた神社ですが、小さな神社です。

岐阜県各務原市 日乃出不動尊
修験道系のお寺ですが、裏山の山頂に御嶽大神が祭られています。Pあり

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at 16:25, 星 良謙・子授け地蔵, 縁切りについて

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縁切り祈願の注意点

真夏と言ってしまえばそれまでなのですが・・・・

おてんき 晴れ おてんき 晴れ

アメリカのように40℃を超える熱波でないだけ感謝しなければならないのかもしれませんが・・・・

それにしても暑い・・・

これも地球温暖化の影響でしょうか・・・

後で無料でできる募金にて地球温暖化防止の募金をしておきます・・

閑話休題、久々に実践的な話題を・・・

と言うわけで縁切りの祈願について

しかし、その前に

こんな時期の参拝の必需品

虫除けスプレー・帽子・ハンドタオル・スポーツドリンクをお忘れなく


 縁切り寺として有名な神社仏閣もありますが、それらの神社仏閣も本来の御神徳は別であり、また個人的に縁切りを祈願する場合にも縁切りとして有名な神社仏閣にて祈願するわけでもありません。

 ならばどんな神社仏閣を利用するのかを書きますと、不動明王や三宝荒神、毘沙門天と言った仏や荒々しい神仏や修験道の系統の神社仏閣に祈願します。

 一般的にこれらの神仏はお力が強いとされていますが、阿弥陀仏、観音菩薩、地蔵菩薩などの仏に比べて力が強いとは思いません。言うなれば働きの違いから力が強いとの印象を持たれることが多いのではないかと思います。

 その違いとは、阿弥陀仏、観音菩薩、地蔵菩薩などの仏は和解したい場合には非常にそのお力は発揮されるのですが、縁切りなどのようにこの事を丸く収める必要のない場合にはややそのお力が発揮されにくい傾向があります。

 つまり縁切りのように外科的に荒療治が必要な場合には不動明王や三宝荒神、毘沙門天と言った仏に祈願することが効率がいいとも言えます。また、荒々しさにおいては修験道の系統の心霊も激しい方が多いことから難問の場合には祈願しています。

 しかし、それらの神社仏閣は、街中の布教ための神社仏閣ではなく、修行のための神社仏閣となります。そのため、山の上にあることが多く、参拝も大変です。どの神社仏閣も見上げるような階段が続く場所ばかりなので、げんなり・・
 雷 怒りマーク m(_ _)m 平伏・・・

 山の中の神社仏閣は、修行のための道場であることから心霊は、参拝者にも修行の心を求めます。天台宗の心霊は、山門をくぐったならば僧侶も在家も関係ないといわれます。それだけ、心霊の要求も厳しく、真剣な気持ちにて参拝されなければ、まず祈願は聞き届けられません。冗談抜きにして本殿の前で土下座する覚悟が必要となります。

 これは管理人でも同じであり、管理人がどれだけ霊能力があるとしても観光気分にて出掛けたならば、心霊から全く相手にされません。そのため土下座はできないとしてもお百度参りをされる程度の真剣さは必要となります。

 縁切りの祈願の場合にはそれだけの真剣さがなければ、お力の強い心霊は動かれません。また同時にそれだけ激しい方ばかりであることから、その反動も大きく暫くは大混乱になることもよくあります。

 つまり関係者の人間関係を大きく変化させるのですから、それだけ強大なエネルギーが関係者に働くからこそ複雑な人間関係や執念深い人間との縁が切れるのです。

 そのため一度や二度、神社仏閣に参拝しただけで問題を解決したいと考えるのであるならば時間とお金の無駄となりますので、最初から祈願されないことをお勧めします。これはできるできないの問題ではありません。できないのであるならば、諦めていただくだけしかできません。

 それができないのであるならば、お近くの氏神やご自宅にてそれ以上の熱心さで祈願していただかなくてはなりません。そのため最低でも一時間程度
の祈願の念仏や題目・真言やお経を連続して唱える必要があります。

 別にこれは大袈裟な話でも何でもありません。本当に神仏のご加護にて問題を解決したいのであるならばこの程度のことは覚悟してください。これは神社仏閣にて心願成就の祈願されたとしても同じです。

 また、これはどんな祈願でも同じなのですが、祈願をする前に自宅などの霊的な環境を整備しなければ祈願の効果は半減します。そのことをいつも基礎工事に譬えるのですが、同一の内容の祈願を同一の方法にて行っても同じ効果が得られるとは限りません。

 つまり地盤が軟弱な土地ではいくら立派な建物を建てたとしても直ぐに倒れるのと同じでいくら懸命に祈願したとしてもほとんど効果がない場合もあります。逆に熱心に信仰されている方や神仏の心に適う生き方をされている場合には、一回の祈願にて問題が解決する場合もあります。

 霊的な環境を整える方法は近日中にでじたる書房より、「開運の方法」を発刊する予定ですので、そちらを参考にしてください。

 また、縁切りと言っても神仏への祈願ですので結果は、神仏に全託する気持ちが必要となります。つまり相手への憎しみや相手の不幸を願う気持ちがあると祈願が届かなくなる可能性があります。このことに関しては、「霊界通信・脱新宗教」の神道の心霊の霊界通信を参考にしてください。

 このように書きますとほとんどの方は、そこまでしなければならないのかと思われるのではないかと思いますが、言うなれば関係者の運命を大きく転換させようとするですからそんな簡単な話ではありません。

 そのため管理人が縁切りを依頼されたとしてもかなりの高額の謝礼をいただかなくてはとても受けられません。しかし、これは縁切りを祈願される方が最悪の状況にあることが多く、病人に譬えるならば重症患者を奇跡的に回復させるのと同じ困難さがあるからです。

 これまで心霊現象や心霊対策の現実はほとんど書きませんでしたが、その理由は、多くの方が魔法の呪文を唱えればすべての問題が解決できるのかのような印象を抱かれているからです。

 普段から神仏の心に適う生活をされることが大切であり、それができていれば祈願をされたとしても比較的簡単に成就することが多いのです。


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at 22:08, 星 良謙・子授け地蔵, 縁切りについて

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身内のもたらす悲劇

 少しばかり重たすぎる記事を見つけてしまいました。しかし同時に似たような事情を抱えていた人たちを過去に何人か見てきました。しかし、友人や親類の人たちは本を出版したことも知っていることからそれらの人のことをこのブログにて掲載するならば誰のことか分かる可能性が高いことから書けないのですが、それらの人たちはこの記事の内容と大差のない人たちも何人かいました。

 元の記事はこちら→三毒凡夫
職場に尊敬する先輩がいる。
明るく穏やかで、あちこちに障害があるけどそれを全く感じさせず仕事もさばけてかつ奢らない。
人を馬鹿にすることが無く素直でものすごく頭が良い。本当に尊敬できる素晴らしい人だ。

しかし彼女は、世捨て人のような父親の為に全てを犠牲にしている。
一生懸命働いて稼いだ給料もその父親の作った借金の返済にばら撒く。
もう縁は切っていても、「お前の親父に貸した金を返せ」と親戚や近所から迫られたら断れない。
自己破産も父親にその意思がなければ出来ない。ぐうたらな父親はそのような手続きに全く関心が無く、自分のしでかしたことなのにほったらかしだ。なのに借金だけはいっちょまえに作る。先日その父親から急に電話があり「飲酒運転で捕まって罰金20万払えない」と言われたといって頭を悩ませていた。これがまた明後日までに払わないといけないらしい。切符切られて一ヶ月間はほったらかしだったそうだ。
先月はその父親の税金を払っていた。その前の月はまた近所の人から父親の借金の催促を受けて泣く泣く給料を手放していた。毎月の返済額も半端ではない。よく生活ができているなぁと思う。
彼女は自分の為に働いているのではなく父親の借金の為に働いている。父親は毎度「ありがとう」を言うことは無く、彼女が報われることは無い。
もう10,000,000円以上の借金を返済したそうだ。それだけのお金があれば今ごろ十分に一財を築けていただろうに。


 多くの方は世の中にはこんな人間がいるのかと思われるかもしれませんが残念ながら掃いて捨てる程いると言うのが管理人の印象です。

 自分の著書を宣伝するつもりはありませんが、法華経のこころの中で天台宗の心霊に何故?人を救わなければならないのか?と尋ねている理由は、TBさせてもらったような人たちのことなのです。

 父親のために犠牲になっている女性を救わなければならないのは当然であるとしてもすべての衆生を救うとは自分の娘の人生を犠牲にしている父親をも救いの対象と考えなければならないのです。そしてすべての衆生が仏に許されるとはどんな極悪人でも許されると言うことなのです。

 それを知識としていくら理解していたとしても現実の苦悩を前にしたときにはそれがどれだけ脆いかがわかるのです。暫く前に毒にも薬にもならないような気休めの言葉を羅列したサイトを批判したのもこんな境遇の人たちを過去に何人も見てきたからなのです。

 管理人がオーラの泉を批判し、不幸の因縁に原因を求める人たちを批判するのも同じ理由です。前世においてどんな経験をしたかを知ったとしてもこの人の苦悩は何一つとして解決することもなく、この人がどんな因縁を背負っているかを知ったとしても何一つ問題は解決しないのです。

 では何が必要なのと言えばそんな気休めではなく、この人の抱えている苦悩を解消するための方法だけではないでしょうか。管理人が自分の青春を犠牲にてして追い求めたのはただその一点だけです。

 毎日、お題目を唱え続けることで問題が解決するわけでもなく、毎日、念仏を称え続けるだけで問題が解決するのであるならば、話は簡単なのですが話はそれほど単純ではありません。

 宇宙の高次元の心霊との通信などよりも目の前の苦悩する人を救う方法が大切であり、天地創造の秘密などよりも人々の苦悩の原因を知ることの方が遥かに大切なことではないでしょうか。根源の神仏の考えなどよりも人々の苦悩を救うために働き続けている心霊の働きを知ることの方が遥かに重要であると考えています。

 神仏が本当に存在しているのであるならばどうして人々の苦悩を放置しているのか。しかし、やっとそれがわかったと思ったらそれをどう伝えばよいのかが分からないのが現状なのです。医者が処方箋を書くようにこの方が抱えている問題を解決するための方法を指導することはできますが、それを書くための方法論は書き残せないのです。

 では管理人がどんな処方箋を書くかはこの方から直接ご相談を受けたならばお知らせします。それはこの方の抱えている事情の詳細が分からないだけでなく、この方の気持ちも分からないこともあります。またことれが最大の理由なのですが劇薬を使用する可能性もあることから掲載することはできません。


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at 21:12, 星 良謙・子授け地蔵, 縁切りについて

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縁切り祈願

 呪い関連の記事を続けて投稿したためか呪いで検索される方が増えてしまいました。アクセスが増えるのは嬉しいのですが世の中にはこんなにも人を呪いたいと考えている人が多いのかと思うと少しばかり複雑な気分です。

 しかし、それも現実かなと考えています。管理人でも理屈では分かっていても感情としては受け入れがたいことは数多くあります。いくら神仏の存在が慈悲の塊であるとしても現実に苦しめられている立場の人間は神も仏もあるものかと思うのが当然であるとも考えてしまいます。

 その一方で宗教家は人を許し、人に感謝することばかりを説き続けることから苦悩する人々は救いを求めて霊能者や新興宗教に救いを求めてしまうことになるのではないかと考えます。

 と言うわけで今回は少し具体的なアドバイスを書きます。

1.現実的な選択肢としての縁切り
 本来であるならば人間関係の修復は和解が一番良いのですが和解不可能なまでに人間関係がこじれる場合も少なくありません。管理人は別に関係の解消だけが最善の方法であると勧める気持ちもありませんが関係を解消することが当事者にとって最善の選択になるのではないかと考えることもあります。

 しかし、現実には関係の解消とはそれほど簡単ではない場合が大半です。離婚した方が言われた言葉ですが、結婚は勢いでできるが離婚は結婚の倍以上の力が必要であると言われていました。またDV(家庭内暴力)の相談員の方も最終的に家をでる決断ができない人を救うことは難しいと言われていました。

 同じようなことは管理人も何度か経験しています。憎しみや怒りの感情はその人間が身近な存在であればあるほど増幅しやすく、また日常的に顔を合わせる関係であるからこそ一旦関係がこじれると修復不可能にまで悪化すると言えます。

 しかし、そのような密接な関係を解消するとなるとそれが結婚生活であれ、仕事であれ、生活の基盤そのものに大きな影響を与えます。そのため関係を解消するのはそれほど簡単な話ではありません。

 つまり相手への憎しみや怒りの感情だけやとにかく助けて欲しいとの気持ちだけでは何も問題は解決しないだけでなく、逆に問題の解決を困難にします。

2.逃げ腰は厳禁
 複雑にこじれた人間関係を清算することは神仏のご加護を受けたとしても簡単なことではありません。つまりそれだけ真剣な祈りと人間の努力が必要となります。

 しかし、多くの人は神仏のお力にてすべてが解決されることを期待される方が多く、自分では何も努力されない方も多いのです。管理人はいつも繰り返し説くのですが大半の方は逃げ腰になられます。

 実はこれをやってしまった場合には神仏のご加護は皆無となります。つまりそれまでご加護していただけてた神仏はすべて帰られると考えてください。管理人はこのことを回転寿司の法則と呼んでいます。

 回転寿司は注文するとご注文の品と書かれた札が付いた皿が回ってくるだけで自分の手元には届けてはくれません。もっとも例外はありますが(笑い)注文した品を自分でとらなければ目の前を通り過ぎてゆきます。

 同じようにせっかくのチャンスが巡ってきてもそれをつかまなければ二度とチャンスは巡ってこないのです。ところが往々にしてチャンスとは試練の裏返しのことが多いのです。

3.主役は自分
 これはどんな祈願でも同じであると言えるのですが管理人が代理参拝して祈願したとしても依頼者である当事者が主役なのです。つまり管理人は依頼者の代理として祈願しているだけでしかすぎません。またこのことは神仏であっても同じことなのです。

 神仏が何から何まで解決してくれると考えるならば大変な間違いなのです。そのことを真言宗の心霊は芝居に譬えました。神仏は脇役であり、依頼者が主役なのにその主役が舞台から降りてしまったならばどんなに名優が脇をかためていても芝居は成立しません。

 つまり当事者が困難に立ち向かうことを恐れて逃げ出した時点にてそれまでご加護していてくれた神仏は立ち去るのです。こうなってしまつたならば管理人にはもうその人を助けることはできません。

 このことは自分が被害者であるとしても同じことなのです。自分は被害者であり、苦悩の中にある人間なのだから神仏は自分を助けて当然であるとの考えは通用しません。神仏からするならば相手もまた救いの対象なのですから自分は被害者であるとの言い訳は通用しないのです。

 このように書くとそんなはずはないと言われることは多いのですが管理人は過去の経験と心霊の考え方を紹介しているだけなのです。そのため管理人の記事が間違いであると考えられるのであるならばご自分の信念にて行動してください。


関連記事
呪いについて 呪いについて2 呪いについて3 弥陀の慈悲と折伏
呪いと嫉妬心

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at 13:34, 星 良謙・子授け地蔵, 縁切りについて

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執念深い人たち

 昨日から風邪に悩まされている管理人です。そのため昨日の中日の試合も布団の中にてTV観戦。しかし、どうしたらこんなにも簡単に点が入るのかと思うほどの大量得点。16−0
 普通ならばここではしゃぎたいのですが、その元気もありません。しかしこれだけの大量得点でしかも完封勝ちまでしましたてのでここは龍神さまに感謝と言うわけで

龍神祝詞
高天原にましまして天と地に御働きを現わし給う龍王は 大宇宙根源の御祖(みおや)の使いにして一切を産み一切を育て よろずものをご支配あらせ給う王神なれば 一二三四五六七八九十の十種(とくさ)の御宝を己がすがたと変じ給いて、自由自在に天界地界人界を治め給う 龍王神なるを尊み敬いて真の六根(むね)一筋に御仕え申すことの由を受引き給いて愚かなる心の数々を戒め給いて 一切衆生の罪穢れの衣を脱ぎ去らしめ給いて よろずものを病災(やまい)をもたちどころに祓い清め給いよろず世界も祖親(みおや)のもとに治めせしめ給えと、祈願(こいねが)奉ることの由をきこしめて 六根(むね)の内に念じ申す大願を成就なさしめ給えと恐み恐み白す

閑話休題、前回の続きを少し書きます。

1.神仏の教えと縁切り
 慈悲の観点から言うならば関係を解消することで問題を解決するよりも和解することで関係の改善をすべてきであるとは言えますが、それも時と場合によります。

 戦争反対を叫ぶことは悪いことではないとしてもすべての紛争が暴力なくして解決できるほど現実の世界は甘くはありません。自国を守ることができるだけの戦力を持たなかったがために隣国に併合されてしまった国は多いことを忘れてはならないのです。

 現代においても国を失った人々が独立を求めても弾圧され続けている現実を無視して話し合いによってすべてが解決できると考えるのは理想主義の幻影でしかありません。

 それと同じように人間関係にしても話し合いや謝罪だけですべてが解決できるわけではなく、現実の問題解決の手段として縁切りが否定されるべきではないと考えます。しかし、管理人も人間であり、その判断が常に正しいとは限らないことから結果は神仏にお任せして問題が解決されることだけを神仏に祈願することにしています。

 このような場合には神仏からは言葉が降りることはほとんどなく、ただ祈願が聞き届けられたことを確認できる程度です。それらの経験から書きますと神仏は必ずしも和解だけが神仏の教えに適う生き方であるとは判断されないと言えます。

2.和解の前提
 世の中には自分の思い通りにならなければ機嫌の悪くなる人は数多くいます。誰しもが自分の思い通りにならなければ楽しくはありませんが、どこかでその現実を受け入れなければなりません。

 ところがその現実を最後まで受け入れることができない人はこの世の中には数多くいます。そんな人たちが現実を受け入れたくない場合にとる行動は基本的に二つに分けられます。一つは一切の現実を否定して自分の世界に閉じこもることであり、もう一つは何が何でも自分の考えを押し通そうとすることです。

 このどちらも現実逃避でしかありませんが、自分の都合の悪い現実を受け入れる気持ちがないことにおいては同じです。それは話し合いをする気持ちがないのと同じことを意味しています。つまり話し合いとはお互いに共通認識が前提であり、それがなければお互いが自分の主張をするだけでしかありません。

3.亀と蝿
 自分に都合の悪い現実があると亀が手足を引っ込めて身を守るように自分の世界に閉じこもってすべての現実から逃避する人がいます。このタイプの人は何を言われても押し黙って話し合いを拒絶する人が多いようです。

 またこのタイプの人は事情を知らない人間からするならば非常に温厚な人柄であるとの印象を与えることが多いのですが、実際は単なる臆病でしかないことが多いのです。温厚と臆病とでは全く意味が異なるのですがその違いを理解できる人は少なく、このタイプの人に悩まされる人はその苦悩を人に話しても理解されにくいのも特徴です。

 これとは逆に自分の主張が通るまで自分の主張を叫び続けるタイプの人もいます。勿論、人によって程度の差はありますが以前向かいの家に騒音を流し続けたことで話題になった人のように手段を選ばない人もいれば、ストーカーのように執拗につきまとう人もいます。また悪質な借金取りのように相手を精神的に追い詰めることで自分の目的を達成しようとする人もいます。

 これとは逆に泣き喚いたり、自分が如何に虐げられた人間であるかを繰り返し訴えて相手の同情を求めるタイプの人もいますがいずれにしても常識では考えられぬほどに執拗に相手に付きまとうことを何とも思ってはいない人が数多くいるのが現実なのです。

4.決別することも一つの慈悲
 何も事情を知らない人は泣き叫ぶ人を見捨てる行為を無慈悲であると非難したり、懇願する人と決別する人を思いやりがないと非難することがあります。しかし、それらの人たちの多くは自分の利害が脅かされることを恐れているだけであったり、感情論だけでしか考えていないことが大半です。

 泣き叫ぶ人や懇願することしかできない人の多くは自分に都合の悪い現実を受け入れられないがために苦悩しているだけのことが多いのです。そのため仮に一時期、相手の要求を受け入れたとしても何も問題は解決しないのです。つまり、相手の要求は際限なく続き、その要求を受け入れ続けることでしか関係は維持できないのです。

 そのため本当に問題を解決するためには相手が現実を受け入れることが必要となります。それが本人にはどれだけ苦しい現実であるとしても現実を受け入れることができない限りは、苦悩が続きます。これは言葉を換えるならば仏教の基本的な教えである中道の教えなのです。

 縁切りと書きますと何か、逃避の印象のある言葉ではありますが、あなたが相手の要求を受け入れ続ける限り、相手はその環境に安住するだけでしかないのです。しかし、現実を受け入れることができない人にとって必要なことは現実を直視することです。そのため関係を解消することも相手に現実を直視する機会を与えることの意味においては一つの慈悲なのです。


参考記事 縁切り祈願 

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at 12:04, 星 良謙・子授け地蔵, 縁切りについて

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