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儒教の呪縛2(星)

日に日に暖かくなっているとは言え、寒い日も有ったり・・・

三寒四温との言葉を思い出しています。

 

そろそろバラ園が満開の時期でしょうか?

 

たまには仕事を忘れて花でも見に行きたいと考えております。

 

それはさておき・・・

 

今回は、石平著の『なぜ「論語」は善なのに、「儒教」は悪なのか』のご紹介の続きとなります。

前回は、論語とは人生の英知に溢れた本ではあっても思想書でもなければ、哲学書でもなく、論語と儒教は別物として考えるべきであるとの話でしたが、今回はどうして論語と儒教を別に考えるべきかとの話がテーマとなります。石平氏はこの本の中で儒教の成立の時期と孔子の生きた時代に差があり過ぎることを指摘されています。

 

儒教の成立した時期は諸説ありますが有力な説に漢代成立説があります。著者も漢代成立説の立場とされていますが、経典の確定とそれをめぐる教学の成立が漢代であることを根拠のようです。儒教が最初に王朝の体制教学となったのは前漢であり、孔子が没したのは、紀元前479年であり、前漢王朝が成立したのは、紀元前206年ですので、孔子が亡くなってから273年後となります。更に儒教が教学として成立したのは紀元前141年に漢の武帝が即位後の事であり、孔子が亡くなってか三百数十年後となると著者は指摘されています。

 

当然のことながら孔子が生きた時代と儒教が成立した時代では時代が大きく異なり、孔子が生きていた春秋時代の政治体制は、封建体制であり、周王朝を宗主国として認める格諸侯が天下を分割統治していましたが、漢王朝は皇帝一人が官僚を使って全国の土地と人民を直接支配する中央集権の制度です。そのため、孔子が生きた時代と儒教が成立した時代とでは、政治体制が全くことなっています。そして孔子が政治制度としてもっとも推奨しているのは、周王朝の制度であることから「もし孔子が前漢の時代に蘇って皇帝独裁の中央集権体制の政治を目にしたら、もう一度憤死するに違いない。」と書かれています。それに続き、「結局のところ、漢代に成立した儒教は、「孔子と『論語』の思想を継承した」云々というよりも、むしろ孔子の名声を悪用して、孔子・『論語』とはほとんど関係のないところで自分たちの教学を作り上げただけのことである。」と結論付けています。

 

では、誰が儒教を作り上げたのかを著者は儒教の成立の歴史に触れることで解説されています。著者の石平氏は儒教の成立の歴史として性善説を説いた孟子を最初に取り上げています。孟子は孔子が亡くなられて百数十年後の思想家であり、若い頃に孔子の孫である子思の門人に学んだことから孔子の弟子を自認していました。孟子が説いた教えは、性善説であり、人間の本性はもともと善であり、惻隠(そくいん)[あわれみ]、羞悪(しゅうお)[恥の意識、不義を憎む心]、辞譲(じじょう)[へりくだり]、是非(ぜひ)[正・不正の判断]の四端(したん)[徳に向かう四つの根源的感情]を持っているとし、四端(したん)をよく養えば「仁・義・礼・智」の四徳が完成し、四徳が完成すれば、社会が良くなることから政治は力ずくで人民を抑制するのではなく、「四徳」を基本にして人民を教化すべきとの教えです。

 

この孟子が残した書物が「孟子」であり、論語と同じように孟子の死後に編集された孟子の言行録ですが、石平氏は「論語」とは異なり、自分の思想体系の根本原理を掘り下げていることから思想と呼ぶにふさわしい内容であり「そういう意味で孟子は、まさに思想家・哲学者と称すべき人間であり、孟子思想の誕生をもって、政治思想・人間論としての儒教は初めて成立したといえよう。別の言い方をすれば、中国思想史上、学問あるいは思想としての儒教は孟子によって生まれた、ということである。」とされています。

 

そして孟子の半世紀後に生まれた荀子も儒教の学問的な体系化に貢献したとしています。著者である石平氏は、『このように「性悪説」に立脚して君主による道徳規範の制定と銀民に対する規制の重要性を説くのが荀子の学問と思想の基本であるが、その際、先輩の孟子と同じように、一つの根本原理に基づく学問の体系、あるいは思想の体系を築き上げ、一種の哲学・思想として儒学を打ち立てた。』と書かれています。この孟子と荀子による儒教の成立の背景には、時代の要望があったことから孟子の説く思想も荀子の説く思想も共に為政者が万民を導く必要性を説く思想であり、皇帝にとっては都合の良い学問でした。

 

そして前漢の皇帝権力の正当化と絶対化のために儒学者の董仲舒が打ち立てた理論が「天人相関説」です。この説では、自然災害や怪奇現象や世間の不祥事を含めて、人間界に起きているすべてのことが天の意志の表われとします。その一方で天が人間世界を直接に支配するのではなく、天の子供である皇帝を通して支配するとされます。この説では、天に絶対的な権威を置き、皇帝を天の意志の執行者としていますが、天の絶対的な権威を借りて皇帝の絶対的な権威を打ち立てる理論となっています。この他にも董仲舒は、孟子と荀子の思想の焼き直しと言える「性三品説※」を生み出して皇帝の権威を絶対化しました。つまり儒教は、皇帝の権威を打ち立てるための学問であり、儒家は皇帝権力を正当化することに成功したことで思想界を支配する独占的な地位を得ましたが、政治権力と持ちつ持たれつの卑しい関係になったと著者の石平氏は結論付けています。

 

※性三品説

人びとの性(性質)を上品・中品・下品に分け、「上品の性」は生まれつきの「善」であるのに対して、「下品の性」は生まれつきの「悪」であるとし、「中品の性」は善悪が入り混じっているとします。「上品の性」と「下品の性」は生まれつきのもので永久不変であるが、「中品の性」だけは教育や教化によってより完全な「善」に向かうとされます。そして「上品の性」と「下品の性」は少数であって大半は「中品の性」であることから皇帝が教育や教化して善へと導くべきであるとしています。

 

次に儒教の聖典である五経の成立にも著者の石平氏は懐疑的な意見です。

 

「詩経」 孔子が古代詩集・民話集を編纂したとされているが、孔子が編纂した史料は何もない。

「書経」 孔子によって編纂されたとされているが、偽書の可能性が高い

「礼書」 孔子によって編纂されたとされているが、偽書の可能性が高い

「易経」 孔子が十翼を書いたとされているが、孔子が易経を読んでいたかも疑わしい

「春秋」 孔子の著書とされているが、論語の中に一言も言及されていない

 

尚、漢代に成立した五経した後は、五経が儒教の基本経典となりましたが、孔子のかんがえを示す唯一の書物である「論語」は付け加えられることもなかったことを石平氏は「論語」と儒教は別物であるとの根拠の一つとされているようです。

 

この後、儒教は科挙(かきょ)制度の創設、孔子の神格化と続きますが、今回は此処までとさせて頂きます。

 

尚、次回は今回の続きではなく、別の話を取り上げさせて頂きます。

 

 

ご相談は こちらから

at 08:50, 星 良謙・子授け地蔵, 本の紹介

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国防と霊障6(星)

前回の投稿が終わってから、国防と霊障のまとめに触れていないことに気付きました。

 

(@@;))))〜〜(((((;@@) うろうろ

 

あたふた (((^^;)(;^^) ))あたふた

 

実は、この問題は非常に根の深い問題であり、簡単にまとめられるような話ではなく、色々な視点から書くことが出来るのではないかとも考えています。しかし、ここで一区切りとしたいと思っています。

 

最初に取り上げました『「カエルの楽園」が地獄と化す日』に関しては、現実逃避と現状認識の甘さが招く危機の警告であり、事なかれ主義が招く悲劇が主題です。これは霊障にも言えることであり、宗教に対して関心がなく、自宅の宗旨すら知らない方も少なくありません。また、霊障の深刻さを知りながらも可能な限り触れたくないと考える方も少なくありません。管理人からすならば、経済的にも肉体的にもゆとりがある間に霊障の解消に取り組むならば、問題の解消は比較的容易なのですが、高齢となり、経済的にも厳しくなってからですと、ほとんど打つ手がなくなります。

 

しかし、管理人がご相談を受ける方の多くが、霊障が深刻化している方です。そのため、もっと早くご相談して頂けていたならば、と思うことが少なくありません。また、それと取り敢えず障りが落ち着くならば、やめられてしまう方も多いようです。管理人は、霊能者として活動していませんし、宗教家でもありませんので、霊障のご相談かあれば、占い師の立場からアドバイスさせて頂いています。そのため、基本的にご相談に対しては鑑定が前提となることから基本的にこちらからの連絡は控えていますが、大丈夫かなと心配することが少なくありません。

 

『「カエルの楽園」が地獄と化す日』の障りが外から押し寄せて来る障りとするならば、「韓国騒乱」は内側からの障りであり、自分から招き入れる障りと言えますが、外から押し寄せてくる障りの代表が迷っている先祖霊や水子之霊、恨みを抱いている有縁無縁之霊などとなります。ご先祖を押し寄せてくる障りとすることに抵抗を感じる方もいるのではないかと思いますが、仕事を求めて押し寄せる経済難民と考えると分かりやすいのではないか思います。

 

迷っているご先祖は苦しくて仕方がないことから救いを求めて子孫を頼ります。頼る先は本家であろうか、分家であろうが、母方の子孫であろうが、関係なく、僅かでも縁があるならば頼ります。これは難民と同じではないでしょうか。密入国であろうが不法移民であろうが彼らには関係ありません。自国にいたら経済的な困窮から抜け出せないことから豊かな国ならばどこでも良く、警戒の手薄な国への密入国を試みます。海があれば船で密入国を試みますし、砂漠があっても砂漠を踏破して密入国を試みます。

 

難民側には、相手国の事情などお構いなしに密入国を試みるように、本家であるか、分家あるかなどの事情は関係ありません。僅かな縁であっても苦しさから逃れることを求めて子孫を頼ります。しかし、生きている人間は、自分は分家だから関係ない、肉親は健在だから供養する必要はない、先祖が障りを起こすはずがない、あの世など存在するはずがない、経済的なゆとりがないなど様々な理由から供養に無関心な方が多いようです。

 

これに対して家系に恨みを抱く不成仏霊は、侵略を繰り返す隣国のような存在です。この土地は我が国の固有の領土であると不法占拠する国に対して話し合いで問題を解消しようとしても問題が解消する可能性は限りなく低いのが現実です。解消するとしたならば、軍事力を背景とした交渉であり、軍事力を持たない場合には、相手にもされないのが常識ですが、テレビなとでは兎に角、戦争はいけないと叫ぶ解説者が多いようです。しかし、それは不法占拠を容認するのと同じことになります。

 

これと同じように恨みを抱く不成仏霊も何もしなければ障りを起こし続けることになります。勿論、障りを起こしている不成仏霊にも言い分があり、障りを起こしているからと一方的に批難できない事情があることもありますが、軍事力を背景に交渉しないと交渉が成り立たないように神仏の仲介がなければ、障りの解消が難しいと感じています。特に激しい恨みや呪詛の場合には、障りは深刻となります。

 

次に取り上げました「韓国騒乱」は、左翼政権に乗っ取られた文政権の現状であり、文大統領が左翼思想の信奉者ならば、資本主義体制を崩壊させて社会主義体制の国家を作ることを目的とするのは当然とは言えますが、冷静に見るならば、国家を崩壊させるために邁進しているようにしか見えません。霊障に置き換えるならば、霊能者に依存されている方や新興宗教を盲信されている方に置き換えることができます。ご本人は、家族のためにと努力されているとしても破綻への道を邁進しているようにしか見えません。

 

霊障の観点から見ますと外からの霊障より恐ろしく、霊障が急激に悪化する傾向がありますが、本人は家族のためにと努力されていることから話は非常に厄介となります。特に霊能者に依存されていたり、新興宗教を盲信されていた場合には、当事者が霊能者や新興宗教と縁を切られたとても問題は解消しません。一度縁を持ってしまうと、霊能者や新興宗教を指導している低級霊が居座り続けるのが普通です。そのため、影響は霊能者に依存されていたり、新興宗教を盲信されていた方に留まらず、子孫にまで影響を与え続けることになります。これは何も霊能者や新興宗教に限られた話ではなく、政治カルトや経済カルトでも同じことです。

 

管理人も霊障の解消策が分からなかった頃には、霊能者や拝み屋、気功師、行者など色々な方にもお会いしました。その多くは妖しいと思いながらも打開策も見つからなかったことから何かの手掛かりが得られれば良いとしか考えていませんでした。しかし、この人は本物なのかと考えたことも何度かありましたが、お金を使っただけで終わりました。その経験から霊能者や新興宗教を頼られることはお勧めしていません。一般の方からするならば、管理人も霊能者なのでしょうが、少なくとも独自の教えを説いて教団を立ち上げる気持ちもなければ、自分で除霊や供養、祈願祈祷をしようとは考えていません。管理人がしていることは、霊障の鑑定と対策の鑑定であり、そこから先は神社仏閣にお任せしています。

 

ここまで色々書きましたが、ご自宅の宗旨での先祖供養と氏神の神社への参拝を心掛けていれば、大きな障りを未然に防ぐことができます。勿論、それだけで全ての障りを防ぐことは困難ではありますが、ご自宅の宗旨での先祖供養と氏神の神社への参拝をやめることが霊障の深刻化の始まりとなります。

 

 

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at 02:23, 星 良謙・子授け地蔵, 本の紹介

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儒教の呪縛1(星)

α~ (ー.ー") ンーー

 

どうせ、くだらなないことで悩んでいるのだろうとの声が・・・・

 

しかし、今回だけは真面目に悩んでいます。

ブログの投稿を休んでいた理由として呪術の対策を調べるのに追われていたことと、中国系と朝鮮系の不成仏霊の対策に頭を痛めていたことがあります。どちらも非常に厄介な問題であり、簡単ではありませんでした。

 

ネットを調べますと呪われた場合の対策があれこれ書かれていますが、素人が見よう見まねでかけた呪いならば、呪いを解くことは難しい話ではありませんが、プロが呪った場合には、非常に厄介となります。手順としては、どんな呪いかを調べることから始まりますが、先祖が恨まれて家系が呪われ、何代も障りを起こされ続けていた事例や過去世においてかけられた呪いが今世においても障りを起こしていた事例など実に様々でした。

 

その中でも中国系と朝鮮系の呪いは特に厄介であり、随分と苦労しました。術を破るためには、相手を知ることが大切なことから中国人と朝鮮人の国民性などを調べていましたが、驚かされるとの連続でした。同じ東洋の人間ではあっても日本人とは考え方が大きく異なり、日本人の常識と中国人や朝鮮人の常識が大きくことなっていることも改めて知りましたが、調べ始めると疑問も増えました。その一つが儒教の問題です。

 

中国や朝鮮においては儒教が大きく影響していることは分かりますが、儒教の弊害に触れている記述を見かけることが気になっていました。易経や論語を読む限り、時代的な制約は感じることは多いのですが、激しい男尊女卑の思想との印象は受けません。以前に儒教と言っても朱子学は、極端な理想主義であると書いてあった記憶はありますが、儒教がどうして多くの弊害を生みだすのとの疑問が解消されることはありませんでした。

 

しかし、少しずつ分かってきたことは、中華思想と儒教の組み合わせが多くの弊害をもたらすことや儒教の思想と社会主義思想には共通点かある事などでした。当然のことながらこれらのことは霊障と深く関係している話であり、このブログでも取り上げてみたいと考えるようになりましたが、儒教や中華思想、社会主義との関連などを理解して頂かなければ、霊障の話に入れません。そのため、暫くは退屈な話となるのではないかと思います。

 

さて、今回は、石平氏著の『なぜ論語は「善」なのに、儒教は「悪」なのか」』を参考に石平氏の儒教に対する考察をご紹介したいと思います。この本は発売前にタイトルに惹かれて予約した本ですが、期待に応えて頂けた内容でした。儒教と言えば四書五経※が有名ですが、まともに読んでいるのは易経だけであり、残りは論語が入門書を読んだ記憶がある程度です。他に春秋も解説書を読んだことはありますが、とても儒教を理解しているとは言えない状態です。

 

※四書五経 儒教の経書の中で特に重要とされる四書と五経の総称

 四書は「論語」「大学」「中庸」「孟子」、五経は「易経」「書経」「詩経」「礼記」「春秋」

 

易経や論語を読む限り、時代的な制約は感じることは多いのですが、激しい男尊女卑の思想との印象は受けません。この問題は、中国人であった石平氏にとっては日本人が感じる矛盾の比ではなく、非常に大きな葛藤であったと書かれています。その話に入る前に儒教がもたらした弊害がどれほど大きい物であるかについて書かれた記述を少し引用します。

 

 同僚の解説によると、礼教(すなわち南宋時代以降の新儒教)が支配する明朝や清朝の時代、女性が結婚して夫に先立たれた場合、原則的には再婚が許されなかった。礼教の「礼」がそう決めているからである。

 既婚の女性が夫に死なれたとき、彼女に残された道は二つだった。

 一つの道は、もし、夫の残した後継ぎの息子がいる場合、女性は嫁ぎ先の家にそのまま残って、寡婦(かふ)※の立場で夫の遺子(いし)を育て上げなければならない。それは普通「守節」というが、「守節」を貫いた女性は「節婦」と呼ばれ、社会一般に高く評価される。場合によっては朝廷からも表彰されるのである。

 だが、もし死んだ夫に遺子がいない場合、あるいは遺子がいても男の子でない場合、未亡人はどうするのか、残された道は一つしかなかった。すなわち、嫁ぎ先と実家の両方の家族と社会一般の圧力の下で、夫に殉ずる形で自らの命を絶つのである。

 このような行為は「殉節」と呼ばれて、それを成し遂げた女性はすなわち「烈婦(烈女ともいう)」と呼ばれる。「烈婦」は「節婦」よりもさらに高い評価を受け、「殉節」がよりいっそう名誉なこととして、朝廷より表彰されるのである。

 

なぜ論語は「善」なのに、儒教は「悪」なのか P23

 

寡婦 (読み)カフ デジタル大辞泉の解説

1 夫に死に別れて再婚しないでいる女性。やもめ。後家(ごけ)。未亡人。
2 夫と離婚し、そのまま再婚しないでいる女性。

 

 

 考えてみれば、彼女たち自身にとって、そうなったのは自由意志によるものでもなければ、名誉なことでもなんでもないであろう。「節婦」といわれる女性たちはただ、社会的圧力に屈して、女としての人生と幸せを捨てて「守節」しただけのことである。さらに「烈婦」と呼ばれる女たちに至っては、要するに、周りの人々に強制されてかけがえのない命まで捨てて「烈婦」になったのだ。そういう意味では、彼女たちは確かにその時代の「礼教」の犠牲者であり、「社会」によって殺されたようなものである。

 

なぜ論語は「善」なのに、儒教は「悪」なのか P25

 

 礼教といえば新儒教とも呼ばれて、伝統的儒教の発展型だと位置づけられる。つまり、本質的には儒教と同じであって、要するに儒教の一種である。そして一般的な定説と通念からすれば『論語』という書物こそが儒教思想の原型と源をなすものであり、孔子が儒教の始祖だとされる。

 だとすれば、『論語』という書物と孔子の思想は、儒教・礼教と当然繋がっており、両者の間には共通した理想理念があるはずである。そしてもし、「存天理、滅人欲」に象徴されるような「人間性の抑圧」こそが礼教の本領であるとすれば、礼教以前の儒教と『論語』にもこれと同じように思想的要素があねのではないか、ということになる。

 つまり、同じ儒教であるなら、『論語』にもやはり、いわゆる「礼教殺人」の思想と共通する思想的要素があるはずである。

 

なぜ論語は「善」なのに、儒教は「悪」なのか P28-P29

 

著者は、引用させて頂いた話に続き、「論語」の中には、人間性の抑圧や欲望の否定を唱える言葉などは一つも登場しないと断言され、人間性を否定する儒教の教えと「論語」の中に書かれている言葉との矛盾に疑問を抱き続けたことを書かれています。その疑問に対して著者は長年考え続け、到達した答えは、孔子が説いたとされる論語の教えと儒教の教えは別の教えであり、同一に考えるべきではないことです。一般的には、儒教は孔子の教えとされていますので、儒教を深く学んでいる方からするならば、暴論以外の何物でもないとしか言えない意見であり、清朝の時代ならば抹殺されたとしてもおかしくない過激な意見です。

 

では、どうして孔子が残したとされる「論語」と儒教が別物であるのかを丹念に解説しているのが、この本であり、孔子の人物像に対する考察、儒教の発展の歴史、儒教の残した弊害などを取り上げ、最後に「論語」はこう読むべきであるとの提言で終わっています。伝統的な儒教からするならば、異端の本と言う事も言えますが、儒教とは何かを知るには最適な本ではないかと思います。

 

著者の石平氏は、北京大学哲学部を卒業した後に四川大学哲学部講師をされていたためか、最初に孔子は思想家であるか、哲学者であるかの考察から始めますが、著者は孔子は思想家や哲学者としての要件を満たしていないことから思想家でもなければ、哲学者でもないと断言されています。そして論語に残された話から孔子は聖人とは言えないとまで書かれています。但し、著者は思想家でもなければ、哲学者でもなく、聖人とは言えない人物であるとしても偉大な人物と結論付けています。

 

まず、著者は論語が孔子の言動の記録でり、内容が整理されていないことを指摘されています。つまり一つの思想としてまとまった考え方を残していないとことから思想家として疑問が残ります。また、哲学者としては、哲学者に求められる根本原理の探求をしていません。例えば、孔子は天を説きながら天とは何かについて一切説いていません。また仁について何度も繰り返し説きながらも仁の内容については一貫していません。そのため、著者は孔子が哲学者でもなく、人生経験豊かな老人としています。

 

続いて論語に書かれた孔子が弟子に嫉妬したことや来客者に対して行った嫌味な言動を行ったことなどの孔子の生前の言動を紹介して孔子を聖人として呼ぶにふさわしくない人間的な面があったと結論付けています。しかし、著者には孔子を貶める意図なく、理想化された孔子像を打破することが重要であるとされ、孔子は思想家でもなければ、哲学者や聖人ではないとしても人生の達人であり、融通無碍の境地に到達した人物であるとされています。

 

そして石平氏は、論語は聖典でもなければ経典でもなく、常識論の書であると結論付けています。しかし、常識の書であるからと言ってその価値が否定されるのではなく、人生の教訓に満ち溢れた書であり、人生の指針として大いに役立つとしています。そのため、石平氏は論語を読むことを推奨されています。石平氏は論語に大きな価値を認めていると言うよりも論語を絶賛していると言えますが、論語の内容を批判している方も少なくないようです。

 

いずれにしても論語と儒教とは別物として考えるべきであるとの石平氏の意見には納得できると思います。では、儒教とは何かにが問題となりますが、これについては次回の投稿で取り上げたいと思います。ただ、他に取り上げたい話もありますので、気が変われば別の話となるかもしれません。

 

 

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国防と霊障5(星)

先日のことですが、熱田神宮に参拝しました。

 

いつもはあちらこちらのお社を参拝するのですが、久々に本殿だけを参拝した後、池のほとりでぼんやりしていました。

 

( ̄。 ̄)ボーーォ

 

過ぎゆく時間・・・・・

 

霊障に翻弄されていた時期には、よくこんな時間を過ごしていました。

 

しかし、現実に戻ると・・・

 

ああ、納期が・・・あたふた (((^^;)(;^^) ))あたふた

 

いつもの生活に戻ってしました。

 

それはさておき・・・・

 

今回も引き続き、「韓国壊乱」から引用させて頂きます。前回は文化の破壊でしたが、今回は建築物の破壊の話です。

 

 文在寅一派は、韓国における自由・民主の西欧文明を「積弊(せきへい)※」として徹底的に破壊することをめざしています。現在、韓国で行われているのは企業を潰して徹底的に破壊することをめざしています。現在、韓国で行われているのは企業を潰して会社を解体して社会を解体し、原始経済に後退させるという野蛮な社会改革です。まさにポル・ポトの妄想の産物である原始共産制というディストピアの再現に他ならない。

 その最大の象徴が李明博政権時代に整備工事を行った四大河川(漢江、洛東江、錦江、栄山江)をすべて自然河川に戻す、という非科学的な、紅衛兵のような計画です。

 いま世界中で、不足する水の有効活用として河川に堤防を築き、水を管理する河川工事が行われています。李明博大統領は当時、ドイツのライン川を参考に四大河川の堤防を補強し、水中に堰(せき)をつくって水量を増やし貴重な水資源を確保しました。ところが、文在寅大統領は文明社会の流れに逆流して韓国の川を自然に戻そうとしているのです。

 

韓国壊乱 P110

 

※積弊(せきへい) 長い間つもり重なった害悪。

 

前任者の実績を否定したい気持ちになるのは世の常なのかもしれませんが、治水工事された河川を自然の状態に戻すのは、防災や水資源の確保の観点からも大丈夫なのかと思ってしまいます。いくら大統領の権限だと言ってもそれに反対しない国民も国民であると思います。それともここに書かれていない何らかの事情があるのでしょうか。いずれにしてもここに書かれている話が本当であるならば、正気の沙汰とは思えませんが、景気が悪いのに景気対策よりも最低賃金の引き上げを先にした政権ですので、不思議ではないのかもしれません。

 

念のために補足しておきますが、景気が悪いのに景気対策よりも最低賃金の引き上げた結果、失業率が上がりました。これは企業にとっては、不景気で人件費を抑えたい状況なのに人件費が上がったならば、人件費を抑えるために従業員を解雇しなければならない状況に追い込まれます。当然のことながら仕事量が変わらないのに人手だけが減ることから解雇されなかった従業員の労働条件も悪化します。

 

これは最初から分かっていることであり、知らなかったとしたならば、経済について何も知らない素人が大統領をしていと言う恐ろしい結論になります。逆に知っていて行ったとするならば、もっと恐ろしい事ではありますが、今回引用させて頂いた話も勝るとも劣らないような政策と言えます。管理人には国家破綻に脇目も振らずまっしぐらに突き進んでいるのではないかと思えてしまいます。

 

さて、管理人からするならば、韓国の大統領は韓国を破滅へと導くための政策を行っているとしか思えないことは多いのですが、不成仏霊に翻弄されている方も同じ様な傾向が多い印象があります。これは不成仏霊に翻弄されている方にも共通している話であり、例えば引っ越しされると最悪の時期に最悪の物件を選んでいることは珍しくありません。引っ越しをされた方は、色々と考えた末に選ばれたと思いますが、鑑定してみますと大凶でした。勿論、方位術や風水をご存知ない場合には当然と言えますが、運の良い方は不思議と吉相の物件を選ばれる傾向があります。

 

これらは運不運と言ってしまえば、それまでの話ではありますが、不成仏霊に翻弄されている方は、破壊的な行動をされる傾向があります。それは本人が自覚して行動しているのか、無自覚に行動されているのかを判断することは困難なことが多いのですが、その場の感情で行動しているのではないかと思われることが少なくありません。また、もう一つの特徴として必要以上に悲観的であり、否定的な考えに囚われる傾向もあります。常に理性的であり、建設的な考え方でなければならないとは考えていませんが、必要以上に悲観的であり、否定的な考えに囚われることには問題があります。

 

しかし、否定的な考え方をすべきではないと言って、すべてを楽観的に考えることにも弊害はあります。この場合には、問題の解決に取り組むことなく、楽観的に考えることで現実の問題から逃避している場合が少なくありません。何とかなると言い続けていていることで問題が解消するならば良いのですが、問題の解決を先送りしていることで、問題がより深刻化する場合が少なくありません。そのため、必要以上に悲観的に考える事も良くなければ、必要以上に楽観的に考えることも良くありません。

 

そのどちらにも偏らない考え方が理想なのですが、簡単ではありません。大半はこのどちらかに偏る傾向がありますが、不成仏霊に翻弄されている方は、極端に偏る傾向が強くなりますが、悲観的な考え方の人が常に悲観的な考え方に囚われているかと言えば、そうでもなく、時として真逆に振れることも少なくありません。例えば、いつも悲観的な考え方をしていた方が幸運に恵まれ、社会的に成功するならば、急に強気になることもあります。これとは逆に楽観的な考え方をしていた方が大きな問題に直面するならば、悲観的な考え方から抜け出せなくなることもあります。

 

これは誰にでもあることと言えますが、不成仏霊に翻弄されている場合には、これが極端になり、一つの考え方に囚われると、その考え方から抜け出せなくなります。一つの考え方に囚われますと、別の考え方をすることが困難となり、周囲の意見も耳に入らなくなります。そして極端な考え方のまま、突き進むことになります。この状態は、冷静な判断ができなくなっている状態ですので、幸運に恵まれていなければ、自滅への道を突き進むことになります。勿論、不成仏霊が生きている人間を翻弄して、破滅への道へと突き進むように仕向けている可能性があります。

 

では、不成仏霊の影響が解消されるとどうなるかと言いますと、多くの方は焦りが消えると言われます。現実の状況は何一つとして変わっていないのに、不思議と焦りが消え、気持ちが落ち着くと言われます。焦りが消えて気持ちが落ち着くと、自分の置かれた状況を冷静に考えられるようになり、一つの考え方に囚われなくなります。一つの考え方に囚われることなく、冷静に人の意見を聞くことができるようになれば、自分が何をすべきかも的確に判断できるようになります。

 

実は、この状態になることが神仏の指導を受けやすくなる状態であり、この状態をいつも維持できるならば、常に神仏のご加護を受けることができると言えます。勿論、常に神仏のご加護を受けられると言っても、その方の悟りの高さやと魂の傾向性などによって指導する神霊が異なると思われますが、一般的には大きな失敗を未然に防ぐように指導されます。最初に書きました「不思議と吉相の物件を選ばれる方」と「最悪の物件を選ぶ方」との違いは、指導霊の違いとも言えます。残念ながら管理人の指導霊は、経済活動に関心がないと言うか、あまり金儲けには働いて頂けませんが、成功されている経営者には過去世において社会的に成功されていた方がいる事が多いようです。

 

 

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at 09:28, 星 良謙・子授け地蔵, 本の紹介

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国防と霊障4(星)

春の到来を感じさせる陽気が続いていたのに急に寒くなりました。

 

さむーいっ!((p(>_<)q))

 

まだまだ冬物をクリーニングに出せないでおります。

 

クリーニングに出せないのは貧乏性だからだろうとの声が聞こえるような・・・

 

良いんです。節約第一 ( ̄^ ̄)えっへん

 

α~ (ー.ー") ンーー

 

単純にクリーニング代が高いことが理由のような気が・・・

 

それはさておき・・・・

 

今回も前回に続き、「韓国壊乱」から少し引用させて頂いてから始めたいと思います。

 

洪 二〇一七年一二月、ソウルへ取材へ取材に行った際に『トランプを当選させたPC※1の正体』(未邦訳)という優れた書に出会いました。著者の洪知秀氏は長年、欧米のジャーナリズムを研究してきた人です。彼女の本を読み、なぜアメリカや韓国のような自由民主諸国が現在のような状態になってしまったのか、長年の謎が解けました。

 本書の指摘でまず驚くのは、「PCという言葉を最初に使ったのは誰か」という問い。答えは「レーニン」です。一九一七年十月のボリシェヴィキ革命※2が成功しましたが、この「階級革命」は西欧の資本主義諸国には波及しなかった。そこで当時の共産主義者たちが総括、検討して、新しい闘争方針を打ち出していく。

 マルクス主義の誤謬(ごびゅう)※3を分析したアントニオ・グラムシ(一八九十一〜一九三七年、イタリア共産党創設に携(たずさ)わったマルクス主義思想家)や、ルカーチ・ジェルジ(一八八五〜一九七一年、「西欧的マルクス主義」を唱えた政治家)などの共産主義者たちは、次のような考え方に至りました。

 「西欧文明が労働者階級の目を覆(おお)い、真の階級利益をわからなくさせている。共産主義革命を成功させるには、したがって西欧文明そのものを破壊せねばならない」。すなわち階級闘争から「文明・文化の破壊による革命」への転換です。新しい価値を生み出すための文化テロリズムが始まり、韓国の伝統的価値を破壊するとともに、子供たちに性教育を施(ほどこ)すことから文明・文化の破壊をスタートさせました。

 

韓国壊乱 P50-P51


※1ポリティカル‐コレクトネス(political correctness)

人種・宗教・性別などの違いによる偏見・差別を含まない、中立的な表現や用語を用いること。1980年代ごろから米国で、偏見・差別のない表現は政治的に妥当であるという考えのもとに使われるようになった。言葉の問題にとどまらず、社会から偏見・差別をなくすことを意味する場合もある。ポリティカリーコレクト。PC。政治的妥当性。
[補説]「黒人」を「アフリカンアメリカン(アフリカ系アメリカ人)」、「メリークリスマス」を「ハッピーホリデーズ」、「ビジネスマン」を「ビジネスパーソン」と表現するなどの例がある。日本語でも、「看護婦・看護士」を「看護師」、「保母」を「保育士」などの表現に改めたことが、これに相当する。

 

デジタル大辞泉より

 

※2ボリシェヴィキ革命(十月革命)

社会主義左派勢力ボリシェヴィキにより引き起こされた。一連のロシア革命のなかでは、帝政を崩壊させ、立憲民主党(カデット)主導の臨時政府を成立させた二月革命に次ぐ第二段階にあたる。

 

※3誤謬

思考内容と対象との一致しない思惟,判断など

 

日本でも気付けば、表現を改めた言葉が幾つかありますが、この本を読むまで深く考えることもありませんでした。「保母」を「保育士」などの表現に改めたことなどに関しては、昔は女性の仕事とされていた分野に男性が従事していることを考えるならば、当然かと考える程度でした。ただ、「メリークリスマス」を「ハッピーホリデーズ」に言い換えることに関しては、流石に「何それ・・・」と頭の中が「?」だらけになりました。

 

差別の解消の錦の御旗を掲げて重箱の隅をつつくような運動には以前から疑問を感じていました。国内の差別の解消を声高に叫ぶ前に中国で行われている人権侵害について少しは抗議する方が先だろうといつも思っていましたが、これも左翼の活動の一環かと変に納得しました。

 

さて、「西欧文明が労働者階級の目を覆(おお)い、真の階級利益をわからなくさせている。共産主義革命を成功させるには、したがって西欧文明そのものを破壊せねばならない」とありますが、左翼が自分たちの勢力を拡大するために伝統的な文化を破壊するように不成仏霊も自分たちの居心地を良くするために、生きている人間が神仏と縁を持たせないように仕向けます。これは伝統的な文化の破壊とも言えます。その意味では共通していると感じました。

 

菩提寺のご住職とお話をしていますと、葬儀の後に初七日を終えた後に二七日、三七日、四七日、五七日、六七日、七七日と七日毎の追善供養をされる方は少なく、初七日の次は七七日の四十九日で終わってしまう方が多いようです。また、百か日の法要も行わない方も多く、一周忌が終われば、後の三回忌以降をされない方も少なくないようです。管理人の父は、今年の年明けが三十三回忌でしたので、家族だけの法要をさせて頂きました。

 

父方の叔父や叔母は既に他界していることから親類と言っても従兄弟となっています。また、大勢の方に来て頂きますと駐車場を確保しなければならない問題もあります。そんな訳で家族だけの三十三回忌となりましたが、母の法事も家族だけの法事となりそうです。これも世の中の流れかと考えていましたが、それだけ仏縁を得る機会がどんどん減っているのではないかと考えます。確かに一般の人間からするならば、お経を聞いていても意味が分からず、その功徳を実感されることもないと思いますが、仏縁を頂く機会と考えることはできます。

 

また、住宅事情の変化もあり、仏壇や神棚のない家も増えていることも神仏の縁が薄くなっていると言えます。しかし、仏壇と神棚は、霊障対策を考えますと非常に重要であり、お勧めしたいところです。仏壇を祀ることが困難な場合には、簡易型の仏壇や三つ折り本尊などもありますし、神棚の場合には壁掛け式の神棚も販売されていますので、仏壇や神棚を祀られていない場合には、検討されることをお勧めします。尚、一部の宗旨では、神棚を祀るべきではないとされています。この場合には、ご自身で判断して頂くしかないと言えます。

 

さて、様々な事情から法事は簡素化され、仏壇や神棚を祀られる家が少なくなっています。これらのことがすべて不成仏霊の影響とは思いませんが、不成仏霊は生きている人間が神仏と縁を持たせないようにするのが常套手段です。特に不成仏霊に完全に支配されている場合には、神仏や宗教に対する反発が強くなる傾向があります。その意味では、法事を簡素化するように仕向ける、仏壇や神棚を祀らせないなどは、不成仏霊の嫌がらせなのかもしれません。

 

しかし、この説明は新興宗教が家族に信仰を反対されている場合に使われる常套手段です。つまりあなたの光が強くなっていることを嫌う不成仏霊があなたの活動を妨害しているから負けてはならないと言った説明をします。本人は、その教えを信じていることから家族のためにも頑張らねばとの気持ちとなります。その繰り返しが家族や友人とも疎遠となり、気付けば本人の周囲には同じ信仰を持つ人間ばかりとなります。その結果、社会的に孤立することになり、社会から孤立するならば、盲信から抜け出すことは更に難しくなります。

 

その意味では、親兄弟だけが集まる法事であっても継続する、簡易型であっても仏壇と神棚を祀る、それが困難な場合には、お彼岸やお盆には、自宅の宗旨のお寺で先祖供養をして頂くなど、生活に溶け込んだ文化としての信仰を守ることが大切であると思います。逆に言えば、生活に溶け込んだ文化としての信仰が崩れることが霊障の入り口ではないでしょうか。その意味では、左翼化の入口が文化の破壊なのと同じです。

 

 

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国防と霊障3(星)

ブログの投稿を再開した時には、また振出しに戻ってやり直しを覚悟していました。

ブログを始めた当初は、1日ページビューが20件から30件であり、検索ロボットのアクセスしかないのではないかと思うような数字でした。その当時の気持ちに戻って書くのも良いかと考えていましたが、このところ中断していた時期よりもアクセスが増えているような・・・・

 

(゜▽゜;) オドロキー

 

しかし、このところ保守系の本ばかり紹介しているのでこれで良いのかとも考えています。

勿論、保守系の思想を宣伝することや左翼思想を批判することが目的ではありませんが、左翼思想と霊障の問題には共通点が多いことから話題に困らないことが保守系の本を紹介している理由ではありますが・・・

 

( ̄-  ̄ ) ンー

 

ブログを再開した当初は、真言立川流や世界各地の呪い、スピリチュアル系のブログで取り上げられているソウルメイトと言った話についても取り上げるようかと考えていましたが、今一つ気が乗りませんでした。気が乗らない理由を考えてみましたが、日常生活とはあまり縁のない話題であり、オカルト好きの方向きの話であることに気付きました。

 

記事を書いている人間が気の乗らない話を書くならば、読者も面白くないのではないかと勝手に考えていますので、暫くはこのまま続けようかと考えています。

 

それはさておき・・・

 

今回も「韓国壊乱」から気になる箇所を引用することから始めます。

 

 文在寅たちチュサパ(主体思想派:金日成がマルクス・レーニン主義を北朝鮮に適用したとする朝鮮労働党の「主体思想」を信じる人びと)の価値観の転倒、教養レベルの低さには恐るべきものがあります。

 彼らは高校時代以降、少しも知的に成長せず、自由民主体制の経済・社会に適応できないまま『社会変革・革命」を追い求めてきました。学生時代から友人や先輩に誘われてマルクスを読み、とにかく金持ちは悪だ、という思想に感化される。そこから一歩も成長せず、化石化したような人間が数多くいます。ものの見方が歪み、家族や友人とまともに話ができない。サイバー空間の仮想現実のような妄想のなかで、社会主義的なユートピアを夢想している。文在寅・任鍾皙(イムジョンソク)(文大統領の秘書室長)はじめ、対北従属のチュサパは仮想現実のなかでもがく哀れな人びとだといえるでしょう。

 

韓国壊乱 P38-P39

 

チュチェ‐しそう〔‐シサウ〕【チュチェ思想】

《「主体思想」と書く》朝鮮民主主義人民共和国・朝鮮労働党の政治思想。マルクスレーニン主義を基に、金日成が独自の国家理念として展開した。人間は自己の運命の主人であり、大衆を革命・建設の主人公としながら、民族の自主性を維持するために人民は絶対的権威を持つ指導者に服従しなければならないと唱える。

デジタル大辞泉より

 

北朝鮮の実態を少しでも知るならば、主体思想を学ぶ気になること自体が信じられない気もしますが、日本でも主体思想を信奉している人間が少なからずいるようです。しかし、この問題に関しては、本を探している段階であることから深入りは避けますが、洪氏の語る「価値観の転倒、教養レベルの低さ」について少し解説します。

 

一般的に一流大学の卒業者や弁護士、医者などの高い専門知識が要求される国家試験の合格者、大学教授などは、高い教養を持っている印象があります。しかし、一流大学への入学や高い専門知識が要求される国家試験で求められるのは、豊富な知識であり、思考能力ではありません。そのため、受験のために必要な知識は豊富でも社会常識と言われる知識が欠落している場合があります。たとえば、司法試験などを目指す場合などには、社会人であっても受験生と同じように朝から晩まで何時間も勉強し続ける生活を何年も続けることが珍しくありません。当然のことながらこのような生活を続けるならば、専門知識は豊富でも社会常識が欠落した人間が生まれる可能性が高くなります。

 

更に付け加えるならば、日本の学校教育にも言えることですが、学校の教育が知識の吸収に偏っていることもあります。つまり豊富な知識を得るための内容に偏り、自分で考えるための教育はほとんどされていないのが現状であると聞いています。このことに関しては、ネットで配信されているニュース番組の虎ノ門ニュースやニュース女子の中で学者の武田邦彦氏がいつも嘆かれていることです。学校で優秀な成績を得るためには、教えられたことを覚え、試験では教えられた通りの回答を書くことですが、これは模範解答が存在していることが前提となります。


もし、模範解答が存在していない場合にはどうなるかと言えば、自分で考えるしかありません。場合によっては自分でやってみるしかない場合もありますが、優等生タイプは、模範解答のない問題に直面すると途端に無力となる傾向があります。これが官僚制度の弊害の根底にある問題となります。つまり前例と言う模範解答がないことを極端に嫌い、前例にないことを認可しないことが組織の硬直化となります。そこにあるのは、失敗を恐れる自己保身と思考能力や発想力の貧弱さではないかと思います。

 

これに対して、正解が存在しているのかどうかも分からない問題に取り組む場合に求められるのは、過去の知識の蓄積以上に自分で考える力が求められます。しかし、自分で考える思考力は、受験勉強では鍛えることができない力です。韓国は日本以上に受験競争が激しいことから、文在寅大統領が受験のために必要な知識は豊富でも社会常識と言われる知識が欠落している可能性は高いとしても不思議ではありません。

 

そうすると洪氏の語るように高校時代以降、少しも知的に成長せず、自由民主体制の経済・社会に適応できないまま『社会変革・革命」を追い求めてきたことは充分にあるだけでなく、学生時代から友人や先輩に誘われてマルクスを読み、とにかく金持ちは悪だ、という思想に感化されていたとしても不思議ではなく、それに続く「そこから一歩も成長せず、化石化したような人間が数多くいます。ものの見方が歪み、家族や友人とまともに話ができない。」との意見にも説得力があります。実は、これが高学歴者がカルトの教えに騙される典型です。

 

同じようなことは伝統的な宗教の世界においても珍しくありません。宗教書を読んでいますと経典の解説などに関しては、豊富な知識と近い知性を感じさせる著者であっても経典の解説を離れると処世論の話にまで落ちると感じたことが何度かあります。そこには仏の知恵とは無縁な道徳論しかなく、この著者は仏教に精通はしていても生きた教えとして理解していないと感じます。これは仏教を知識として学んでいるだけであり、仏教の教えを実践的な教えとして理解していないことが理由であると言えますが、仏教学者に限られた話ではなく、修業されているはずの僧侶の方々にも良く見受けます。

 

著者の洪氏は、文在寅大統領たちを「サイバー空間の仮想現実のような妄想のなかで、社会主義的なユートピアを夢想している。」と表現されていますが、これはカルトの教義を盲信している人々に限られた話ではなく、精神世界に関わる人々にも多い話です。彼らに共通しているのは、サイバー空間の仮想現実のような妄想の中で生きていることであり、現実から遊離した考えを持っている事です。彼らにとって現実とは、自分たちが考えている妄想であって目の前の現実ではありません。

 

このことは不成仏霊にも言えることであり、不成仏霊に共通している特徴ともと言えます。心霊世界自体が実体がない世界ですので、不成仏霊がサイバー空間の仮想現実のような妄想の中で生きているとしても不思議でも何でもありません。しかし、彼らにとっては自分たちの妄想が現実であり、自分たちの妄想と現実が食い違っていることに気付いても、自分たちの考えが妄想であると考えることなく、現実が間違っていると考えます。

 

個人的には、神仏と呼ばれる方々にしても心霊世界が実体のない世界である以上は、サイバー空間の仮想現実のような妄想の中で生きていると言えると考えていますが、自分たちの説く教えと現実が異なることを否定することもなく、現実が間違っていると考えることもありません。例えば、浄土真宗の教えでは、念仏を一回称えることで極楽往生が決定すると説き、浄土宗では念仏を十回唱えることで極楽往生できると説きます。しかし、現実はどうかと言えば、念仏を何百回と称えていても迷っている心霊は珍しくありません。

 

自動書記が始まった当初に他力門の神霊にこの疑問を訊ねましたが、神霊は質問から逃げることもなく、答えて頂けました。神霊の答えられた内容について紹介していますと、非常に長くなりますので、ご紹介することは控えますが、神道の神霊には体系的な教えが残されてない理由、天台宗の神霊には利他の精神で生きるべき理由を問いましたが、どの神霊も管理人の不遜と言えるような質問に正面から答えて下さいました。考えてみれば、現実社会の社会を無視していたならば、衆生の苦悩を解消できるないことから現実を直視することは当然な事です。

 

これに対して不成仏霊は、現実を否定して自分たちの妄想こそが真実と考えます。現世に生きている人間の生活が破綻していることよりも自分たちの教えを実践することを優先させるのであるならば、その神霊がどんなに立派な教えを説いても管理人には不成仏霊と同じです。それが悟りの低い神霊であったとしても現世を生きている人間を惑わしていることに違いはありません。これは相手がどんな名前を名乗る神霊であっても同じです。

 

実際、自動書記の際に現実を無視したような教えを説かれた神霊はすべてお引き取り頂きました。当時は、心霊世界に興味もなく、教えを残そうとの気持ちもありませんでしたので、自動書記は負担でしかありませんでした。しかし、霊格の低い神霊にお引き取りを願うと、次により高い霊格の神霊が教えを説かれるの繰り返しとなりました。最終的には、管理人の悟りを超えるような神霊が教えを説かれるようになりました。その経験から言えることは、教えの違いはあっても高い境地に到達された神霊は、衆生の苦悩を解消することを自分たちの使命と考え、日夜努力されていることです。その意味では、妄想とは真逆の境地と言えます。

 

 

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国防と霊障2(星)

桜の開花の話題がちらほら・・・・

 

o(^o^o)(o^o^)o ワクワク

 

しかし、今年は梅の花もモクレンの花もまともに見ていないような気が・・・

 

α~ (ー.ー") ンーー

 

と言うわけで・・・・

 

梅林で有名な神社に参拝ましたか・・・・

 

☆=>=>=>(+_+。)ガーン

 

既に花が散っていました。

 

先週に来るべきだったようです。

 

(T_T) ウルウル

 

それはさておき・・・

 

前回の記事を書いている時に今回ご紹介する「韓国壊乱 文在寅政権に何が起きているのか」を購読しました。著者は、櫻井 よしこ女史と洪 ヒョン氏のお2人ですが、櫻井 よしこ女史に関しては、ネット番組である「言論テレビ」を時折視聴していますので、多少なりとも知っていますが、洪 ヒョン氏に関してはどんな人物か分からぬままに購入しました。

 

言論テレビ こちらから

 

この本を読み始めて直ぐにこの本は前回ご紹介した 「カエルの楽園」が地獄と化す日 の続編のような内容であることに気付きました。勿論、タイトルにあるように「文在寅政権に何が起きているのか」について書かれている本ではありますが、前回ご紹介した本が中国の武力による進攻を前提にした話であるのに対して、この本は左翼勢力に乗っ取られた文在寅において何が起きているかがテーマです。外部からの侵略と内部からの侵略の違いではありますが、内部からの侵略の方が恐ろしく感じました。

 

櫻井 よしこ女史と洪 ヒョン氏は、共に日韓の保守は共に協力すべきとの考えをお持ちのようですが、個人的には賛同しかねます。韓国の国民が左翼政権を選び、朝鮮半島の統一を望み、結果として北朝鮮に併合されるとしても、日本が干渉すべき話ではないと考えています。岡目八目※かもしれませんが、文在寅政権の無能さは目を覆うばかりであり、韓国国民は、どうしてこんな無能な大統領を支持しているのか理解に苦しみますが、それが韓国国民の意志ならば、日本は干渉すべきではないと考えています。その意味でこの本の著者とは意見が異なりますが、韓国で何が起きているかを知ることの意味では良書だと思います。

 

※岡目八目 おかめはちもく
囲碁から出た語で、ある物事の当事者より第三者のほうが、事の成り行きや真相、また利害得失などを正しく判断できるというたとえ。

 

さて、「カエルの楽園」が地獄と化す日 と同じく、国防を霊障に置き換えるならば、内部から侵食される話である分だけより参考になると思います。管理人は、共産主義を目の敵にする気はありませんが、共産主義について調べれば調べる程、やっていることが不成仏霊との共通している気がしています。

 

この本から参考になる話を引用させて頂きます。

 

 たとえば普通の先進国で大企業・組織に所属する人びとや、社会的に責任ある地位にいる人たちは、未来のための投資や後継者の育成、次世代の教育について、多かれ少なかれ関心や問題意識を持っています。

 ところがいま、左翼メディアが国民を洗脳している韓国では、国家や人類の未来にまったく関心のない人びとが増えています。とくに政治家のなかで、韓国の未来や文明の進化にまったく無関心の議員が多い。まさに文在寅をはじめ従北勢力がその典型であり、彼らはただ「平等な社会をつくればよい」「金持ちから資産を奪い、自分たちが富を分配する」という妄想に憑(とり)りつかれている。彼らの最大の特徴は、他人や他国の過去ばかりあげつらって現在、未来を見ないと言う点に突きます。

 

韓国壊乱 文在寅政権に何が起きているのか P34

 

「左翼メディアが国民を洗脳している韓国では、国家や人類の未来にまったく関心のない人びとが増えています。」とありますが、これには、左翼の方々は反発されるのではないかと思います。国の将来を心配するからこそ、平等な社会を一日も早く実現しなければならないと言われるのではないかと思います。また、韓国の保守系の人々が本当に国の将来を考えているのかと疑問を感じますが、左翼系の方々の主張は、現実を無視した理想社会の実現を夢見ているように思えます。

 

さて、霊障鑑定の経験から書きますと、不成仏霊の考えも将来のことよりも現在や過去に囚われている傾向があります。勿論、個々の事例によって異なりますが、大きく分けますと過去で意識が止まっていることは共通しています。つまり死亡した時点で意識が止まっていることが大半です。そのため、自分が既に死亡して長い歳月が流れている自覚もないことも珍しくありませんが、自分が死亡していることは理解していても生前の恨みの意識で止まっていることも良くあります。

 

更に非常に古い時代の不成仏霊の場合には、現在と過去の意識しかなかったり、現在と過去の区別も曖昧であったりします。これは人類の進化が関係しているのかもしれません。今を生きることしか考えられなかった時代には今しかなく、原始的な社会生活を暮らしているならば、過去と現在の区別が明確ではないのではないかと思われます。この時間認識の問題に関してはまだ分からないことが多いと言えますが、いずれにしても不成仏霊の思考には、未来が欠落していると言えます。

 

たとえば、迷っているご先祖が子孫に自分たちが苦しんでいることを気付かせようとして障りを起こすことは珍しい事ではなく、初期の霊障の大半は、子孫に自分たちが苦しんでいることを気付かせようとして起こす障りです。しかし、子孫が左翼的な唯物思想に凝り固まっていたり、信仰に無関心であったりしますと迷っているご先祖は更に深刻な障りを起こします。基本的にはこの繰り返しが深刻な霊障の主な原因なのですが、障りを起こすならば子孫は次第に経済的にも困窮するようになります。

 

子孫が生活にも困窮するほど障りを起こし続けるならば、子孫には先祖供養をするゆとりもなくなってしまうのですが、迷っているご先祖には関係ありません。今が苦しいから早く供養してくれだけです。自分たちが障りを起こすならば、どんな結果になるかは考慮されていないと言えます。つまり障りを起こしているご先祖には、現在と過去はあっても未来は考えていないことになります。

 

更に恨みから障りを起こしている不成仏霊の場合には、過去と現在の区別がないと言えます。恨みを抱く不成仏霊にとっては、それが数百年前の出来事であろうが、怒りや恨みは常に現在であり、過去ではありません。生きている人間でも思い出すと腹が立つことがありますが、不成仏霊はいつも思い出している状態と言えます。そのため、過去と現在の区別がない状態と言えます。

 

これが更に極端となりますと、過去も未来もなく現在だけとなります。この典型が不満の塊となっている不成仏霊です。何もかもが気に入らず、何に対しても不満を抱く不成仏霊には時間の観念がありません。あるのは現在だけであり、現状に対する不満が全てとなります。この段階となりますと全てが破壊的なエネルギーとなり、障りの解消は容易ではなくなります。

 

このように考えますと、左翼思想と不成仏霊とは相関関係があるように思えてしまいます。別に積極的に政治的な問題を取り上げる気持ちはありませんが、あまりにも類似点が多いことに気付きました。その理由を少しずつ解明している途中ではありますが、当分はネタが尽きそうにありません。

 

次回に続きます。

 

 

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国防と霊障1(星)

暫く前に梅が咲いていたと思っていたら桜の話題が・・・・

 

年々、歳月の流れが早くなるような・・・

 

それだけ、歳を取ったのでしょうか?

 

(- .-)ヾ ポリポリ

 

それはさておき・・・・

 

今回も本の紹介ですが、発売が2016年11月と少し古い本です。内容は古くなっていないと思いますが、この本の内容は、百田尚樹氏の著書である「カエルの楽園」を読んだ石平氏が読書後に百田尚樹氏に対談を申込み、百田尚樹氏が快諾されて行われた対談となっています。そのため、対談の内容は、「カエルの楽園」がベースになっています。管理人は原作とも言える「カエルの楽園」は読んでいませんが、さほど気になりませんでした。

 

ここでアマゾンの本の紹介を引用させて頂きます。

 

内容紹介
ベストセラー寓話小説『カエルの楽園』のストーリーが半分以上、現実化してしまった2016年。
中国は本気だ! 警告の書のつもりが、このままでは予言の書になってしまう。
何としても中国を止めなければいけないと考えた二人が、全身全霊をかけて日本人に訴えます。
中国の軍事的脅威を直視できない日本は、侵略をみずから呼び込む病に陥りました。
他国と同程度の国防意識を国民が持つだけで万事解決するのに、
このままでは【尖閣を奪われ】【沖縄独立を座視する】のは必至です。
米軍基地を追い出し、自衛隊を解消しようとする現実の社会運動とマスコミの共闘から見えてきた、日本滅亡へのカウントダウン。

 

少し補足しますと、「カエルの楽園」は、寓話であり、国を追われた二匹のアマガエルは、辛い放浪の末に夢の楽園にたどり着きながらも夢の楽園が凶暴なウシガエルに侵略される話です。これは中国の侵略が迫っていることを寓話で世に問うた警鐘であり、中国から帰化した石平氏は、この本を予言の書と確信して対談を申し込まれたとあります。石平氏は主人公を自分のことのように感じられ、号泣されたと書かれています。石平氏は、自分が考えていた以上に急速に中国政府が侵略の意図を露わにしたことに危機感を覚え、百田氏と中国の狙いやこれからの行動の予測、日本のマスコミの弊害などを熱く語っていますので、一読される価値はあるかと思います。

 

何分にも原作と言える「カエルの楽園」を読んでいない人間ではありますが、対談の中で登場する「カエルの楽園」のストーリーが一般の方の霊障に対する認識の甘さに重なってしまいました。まさか国防問題の内容と霊障の問題が重なってしまうとは、考えもしませんでしたが、本の途中から国防の問題を霊障の問題に置き換えながら読む結果になってしまいました。

 

話の中にカエルの三戒として「カエルを信じろ、カエルと争うな、争うための力を持つな」との話が登場します。勿論、これは中国を信じろ、中国と争うな、自衛力を持つなの意見のことですが、管理人には心霊現象などある訳がない、宗教には関わるな、宗教行為は無駄であるに置き換えてしまいました。また、先祖が障りを起こすはずがない、霊障には関わりたくない、先祖供養に金を使いたくないにも置き換えられます。

 

話では、「カエルを信じろ、カエルと争うな、争うための力を持つな」に疑問を持った主人公が、戦うことを提言しても凶暴なウシガエルは友好的であるとの意見に負け、状況が悪化すると言った話と続きますが、この本の中ではマスコミに登場する評論家や知識人と言った人々の危機感のなさや現実逃避の思考が批判されています。しかし、管理人にはこれも霊障の可能性を警告しても精神世界に無関心な人々や神仏に何の関心を示さない人々に重なってしまいます。

 

管理人は、除霊や浄霊と言ったことは行わないだけでなく、お祓いや供養なども行っておりません。また、特定の宗旨宗派に肩入れする気持ちもなく、特定の教えを説く気持ちもありません。基本的には自宅の宗旨のお寺や氏神の神社や住んでいる地域の一宮の神社への参拝をお勧めしています。勿論、特定の神社仏閣での祈願祈祷や供養をお勧めすることはありますが、その場合には、その神社仏閣をお勧めする理由を説明させて頂くことにしています。

 

つまり管理人は、霊能者として活動する気もなければ、新興宗教の教祖になる気もありません。また、〇〇講と言った特定の神社仏閣などを信仰する団体を作る気持ちもありません。管理人のやっていることは、霊障の原因を調べ、どうすれば霊障か解消するかを指導させて頂いているだけです。そのため、何かの組織を立ち上げる気持ちもなく、世の中の迷っている人々を救わなければならないと言った使命感もありません。

 

しかし、占い師として活動を始める前から明らかに霊障ではないかと思われる場合には忠告させて頂くことはありました。これは管理人が30年以上前から霊障の相談を受ける機会が多かったことが理由ですが、いつも同じことを繰り返し言っていました。やがていつも同じことを言うのが面倒になり、小冊子を作りました。それが電子出版させて頂いている「開運の方法」の原型となりましたが、実際に先祖供養を始められる方は半分もいなかった印象があります。

 

また、先祖供養をされる方でもお寺で1回だけ供養され、それで終わったと考える方も少なくありせんでした。どこまで熱心に供養や祈祷などをされるかは、個人の考え方であり、管理人がとやかく言う話ではないと考えていますが、贅沢品には熱心でも宗教行為でお金を使うことを無駄なことであると考えている人は多いようです。特に平均的な収入以上を得ている経済的にゆとりと思われる方の方が宗教行為に無関心であり、忠告させて頂いても聞く耳を持たない方が多い傾向がありました。

 

考えてみれば、これは国防と同じなのかもしれません。他の国から侵略される危険もなく、長く平和が続くならば、国防にお金をかけることは無駄であり、軍隊を持つべきではないとの発想になるのではないかと思われます。長い人類の歴史から考えるならば、平和が続く方が珍しく、武力で征服され、悲惨な状態にある国が今もありますが、実際に他国から侵略されないと国防の大切さが分からないようです。しかし、平和主義を叫ぶ方々は、こんなことには何の関心も持たれないだけでなく、日本が侵略されても戦争にならなければ良いと言っている有識者とされている人は多いようです。

 

日本が侵略されても戦争にならなければ良いと言っている有識者は、他の国に侵略され、国を失うことがどれ程の悲劇をもたらすかについて何一つ知らないのではないかと思います。中国に占領されたチベットやウイグルの人々の惨状はマスコミで報道されていないだけの話であり、少し調べれば分かることです。しかし、平和を叫ぶ人々は、そんな現実には関心もなく、平和を叫んでいれば、平和になると考えているように思えます。

 

霊障も国防と同じあり、穏やかな日々が続いている状態ならば、お寺や神社にお金を使うことは無駄であり、初詣と法事だけで十分だと考えている方が少なくないようです。ご本人は障りと自覚されていなくても管理人からすると、早めに手を打たないと深刻な状況に陥ると感じることは時折あります。高級な自動車を持つことができる程の経済的なゆとりがあるならば、霊障のために少しはお金を使われた方が身のためと思うのですが、経済的なゆとりがある方の方が無関心なようです。

 

しかし、戦争は目に見える敵が存在しますが、霊障にはありません。そのため、不成仏霊の障りがあっても気付かない方が大半であり、一般の方が何かおかしいと霊能者や新興宗教を頼る頃には、霊障が深刻な状態に陥っています。その時には既に手遅れであり、管理人が指導させて頂いたとしても長い歳月と多額な費用が必要となりますが、宗教に無関心な方は、深刻な状況に陥っていることすら理解されることなく、聞く耳を持たない方も少なくありません。

 

そして状況が更に深刻となり、家族の中に難病や奇病を患う方がいたり、子供が引きこもりになったりと肉体的にも精神的にも追い詰められるだけでなく、経済的にも困窮され、新興宗教や霊能者を頼り、状況が更に悪化することが多いようです。そして新興宗教や霊能者に高額な支払をされながらも状況が改善しないことから疑問を抱き、悩んだ末に管理人のところに相談に来られます。しかし、少し状況が良くなると宗教に関心を失う方が多いようです。

 

 

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朝鮮系不成仏霊3(星)

やっと確定申告が終わりました。

 

C= (-。- ) フゥッ

 

考えてみれば、税金を払うために苦労しているような・・・・

サラリーマンならば確定申告は必要ありませんが、その分天引きされます。

どちらがいいのか?

 

α~ (ー.ー") ンーー

 

それはさておき・・・・

 

今回ご紹介する本の著者である百田尚樹氏の小説は読んだことがありません。元々架空戦記以外の小説は滅多に読まない人間であり、最後に読んだのが何時だったか記憶がありません。そのため、百田氏の本は日本国紀が最初でした。歴史学者ではなく、小説家の書いた歴史の本は過去に何冊か読んだとはありますが、可もなく不可もなくとの印象があります。日本国紀と日本国紀の副読本を読みましたので、流れでこの本も読みましたが、朝鮮の問題に関心がある方ならば、一読さることをお勧めします。尚、日本国紀だけでなく、今回ご紹介する本も内容に関しては、専門家の監修を受けているとありました。

 

さて、暫く前まで世界で一番残虐な国民は中国人ではないかと考えていました。勿論、何の根拠もない話ではありますが、本で古代中国で行われた処刑や拷問、食文化について書かれた話を読んでいますと、日本人にはとてもここまでできないと思うような残忍な話の連続です。しかし、古代中国の話だけならば、まだ良いのですが、近現代でも中国人の残虐性は何一つとして変わっていないようであり、現代の中国においてもとても信じられないようなことが行われているようです。

 

ここで少し引用しても良いのですが、あまりの残虐さに読んでいても気分が悪くなるような話をここで改めて引用する気持ちにもなれません。また、そんな話を引用してもこのブログを読まれる方が気分が悪くなることを考え、過激な内容の話を引用するのは控えますが、その中国の残虐さを引き継いだのが韓国人です。何も書きませんとその残忍さを理解して頂けませんので、「今こそ韓国に謝ろう」から少し引用させて頂きます。

 

 「凌遅刑(りょうけい)」とは中国王朝に昔からある伝統的な処刑方法のひとつで、生きている人間の肉を少しずつ切り取り、長時間にわたって苦しみを与えながら殺していくという想像を絶する恐ろしい刑罰です。中国では、単なる斬首はむしろ軽い部類の刑でした。

 日本では遣隋使(けんずいし)や遣唐使(けんとうし)を通じて、中国の様々な文化を移入しましたが、凌遅刑を取り入れることはしませんでした。ちなみに、後宮(こうきゅう)に仕える男性の性器を切除する「宦官(かんがん)」も、非人道的な試験競争である「科挙(かきょ)」も、日本は導入しませんでした。私たちは先人のこの賢明な判断に深く感謝すべきでしょう。

 しかし中国の属国であった李氏朝鮮は違いました。凌遅刑も宦官も科挙もすべて取り入れました。

 ちなみに凌遅刑(りょうけい)は、朝鮮では「凌遅処斬」あるいは「凌遅処死」と呼ばれています。大きく分類すると三つの等級に分かれ、一等級は墓に入っている死体を掘り起こして、首、胴体、腕、足の六つの部分に切って、晒(さら)しものにするというものです。二等級は牛を用いて八つ裂きにするというもの、三等級は生きたまま皮をはいでいくというものです。これ以外にも、文字にするのもはばかれるような残虐な殺し方がありました。

 

今こそ、韓国に謝ろう  そして、「さらば」と言おう P81-P82

 

 

今回ご紹介した本は、韓国の話ですので、中国の拷問に関する話は、引用させて頂いた内容だけです。お勧めはしませんが、興味のある方は、ご自分てお調べください。正直な感想として鬼畜と言う言葉ですら表現できない残虐さであり、何と表現すれば良いのかも分からぬ程です。しかし、この中国に負けず劣らずなのが朝鮮の国民性です。

 

この本では、「アーソン グレブスト著 悲劇の朝鮮 スウェーデン人ジャーナリストが目撃した李朝最期の真実 白帝社」から死刑囚の執行の記述を紹介されてますが、実に残虐な場面の記述となっています。別に韓国人を卑しめることが目的で本を紹介しているわけではありませんが、日本が朝鮮半島を併合する以前の李氏朝鮮の実情を知るならば、韓国民が信じている自国の歴史が嘘で塗り固められていることは分かると思います。韓国人の残虐性については、この他にもベトナム戦争において韓国軍が何をしたかを調べられるならば直ぐに分かると思いますので、興味のある方は検索してみて下さい。

 

さて、こんな話は打ち切りたいのですが、また少し引用します。

 

 凌遅刑(りょうけい)も拷問も千八百九十四年の「甲午改革」で禁止されましたが、実際には廃止されることはありませんでした(甲午改革では、封建的身分制度の廃止や奴隷や白丁の廃止なども謳(うた)われていましたが、どれも実施されませんでした)。

 もっとも、残酷な刑罰はヨーロッパや日本にもありました。戦国時代の日本でも「八つ裂き刑」や「釜茹(かまゆ)で」などが行われていましたし、ヨーロッパでも「磔(はりつけ)」「火あぶり」「車刑」などの残酷な刑はありました。しかしそれは近代においては姿を消しました。ところが朝鮮半島では、二十世紀に入ってもそうした刑が普通に行われていたのです。

 

今こそ、韓国に謝ろう  そして、「さらば」と言おう P85

 

管理人が気になるのは、最後の「ところが朝鮮半島では、二十世紀に入ってもそうした刑が普通に行われていたのです。」です。日本が大韓帝国と韓国併合条約を締結したのが、1910年(明治43年)ですので、日本が朝鮮半島を併合する以前は、残酷な処刑が普通に行われていたことになります。管理人の経験では、残酷な処刑をされた方々の多くは、死後の世界においても断末魔の苦しみの意識のままでいる傾向があります。また、日本が朝鮮半島を併合する以前に残酷な処刑が普通に行われていたのであるならば、その処刑を行った人々はその後も生きていたと思われます。当然のことながら残忍な処刑を普通に行っていたとするならば、その処刑を行っていた人間が素直に成仏しているとは思われません。

 

このように考えるならば、残忍な処刑で亡くなられ、死後の世界で苦しんでいると思われる不成仏霊と残忍な処刑を繰り返していた不成仏霊が大量にいると思われます。それだけでも考えるだけで恐ろしいのですが、韓国では李氏朝鮮時代に儒教が国教となったため、仏教は徹底的に弾圧されています。しかし、近代になり仏教が復興されているだけでなく、儒教でも先祖供養は行われているらしいのですが、どこまで浮かばれているのかは分かりません。また、北朝鮮の場合には、実質的に信仰が否定されていると思われるだけでなく、現在でも国民に対する弾圧は行われていると思われますので、更に状況は深刻となります。

 

長年、朝鮮半島の歴史や政治を研究してきた筑波大学大学院教授の古田博司氏は、「助けない、教えない、関わらない」の非韓三原則を説かれていますが、霊障の観点から見ても同じことが言えます。しかし、朝鮮を併合したことで韓国とは深い縁をできただけでなく、朝鮮戦争当時に韓国から大量の密入国した韓国人の子孫がいます。そのため、普通に暮らしていても朝鮮系不成仏霊の障りを受ける可能性がありますが、本当に恐ろしいのは、先祖が朝鮮系の人間から深く恨まれている場合です。

 

あまりにも残虐な話なので引用する気にもなれないような拷問や処刑をしていた人間から深く恨まれた場合には、呪詛されている可能性が高くなります。過去にそのような事例が見つかりましたが、日本人の呪詛よりも遥かに残虐な呪詛であり、障りも深刻でした。詳しくはご紹介出来ませんが、呪いの五寸釘がかわいらしく感じるような呪詛です。そのため、霊障の観点から考えますと、韓国や北朝鮮とは一切関わらないことをお勧めします。

 

 

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at 11:42, 星 良謙・子授け地蔵, 本の紹介

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管理人の憂鬱2(星)

今年も確定申告の時期となりました。

毎年の事ですが、今年こそは早めに準備してと思いながらも例年のごとく・・・・

 

(@@;))))〜〜(((((;@@) うろうろ

 

あたふた (((^^;)(;^^) ))あたふた

 

そんな時にブログを投稿していていいのかとも思いますが・・・

 

良いんです。管理人の大事なストレス発散なのです。 キッパリ!

 

>( ̄^ ̄)< フフーン と威張るような話ではありませんが・・・

 

 

それはさておき・・・・

 

本題に入る前にこのところ、保守系の本ばかり紹介していることについて少し触れておきます。管理人は、このブログでは政治的なテーマは取り上げないことを決めていましたが、深刻な霊障に悩む方の多くが、朝鮮や中国の不成仏霊の障りが隠れていることや政治カルトの背景について調べるに従って、その問題が考えていたよりも遥かに大きな問題であることに気付き、政治的なテーマと受け取られることの危惧よりもより本質的な問題として取り上げることにしました。

 

さて前回は、「日本国紀」をご紹介しましたが、今回は[「日本国記」の副読本 学校が教えない日本史]をご紹介させて頂きます。この本は「日本国紀」の著者である百田尚樹氏と編集者の有本香女史の対談の本であり、著者の百田尚樹氏が「日本国紀」で伝えたかったことなどがテーマとなっています。前書きに著者の百田氏が「日本国紀」に対する思いを書かれていますので引用させて頂きます。

 

 私は日本という国が大好きです。

 ただ告白しますと、そんな気持ちになったのは五〇歳を過ぎてからです。いやもっと正直に言うと、六〇歳に近くなってからでしょうか。

 若い頃はそんなことに気付きませんでした。自分が生きるのに夢中で、むしろ社会や世の中に不満を常に抱えているような人生を送っていました。早い話、己の幸福だけを追いかけている生き方をしていました。当然、日本という国に対しても、感謝の念を少しも持っていませんでした。

 しかし人生の折り返しを大きく過ぎ、半生を振り返ってみると、自分はなんといい国に生まれ育ったのだろうかと気付くようになりました。むしろ、若い頃はなぜこんな当たり前のことに気付かなかったのだろうかと思います。

 もちろん、今も社会に対する不満は山ほどあります。日本特有ともいえる硬直した制度や同調圧力。また国を動かしていく政治家たちのどうしようもない低レベルと、そんな彼らを選ぶ民衆の無関心。実際に多くの制度を決めていく官僚たちの視野のなさと夜朗自大(やろうじだい)[1]ぶり。腐ったようなメディアや、拝金主義とも思えるような大企業――いちいち挙げていればキリがないくらいです。

 それでも私は、日本人は素晴らしい国だと胸を張って言えます。日本が嫌いな人たちも、日本が優しく、誠実で、勤勉で、悪事を憎む国民であることを否定する人はいないでしょう。

 しかし戦後、私たちは、国を愛せない人間になるような教育を受けてきたと言っても過言ではありません。それは自虐史観にとらわれたメディアのせいでもありますが、実は最もひどいのは教科書なのです。本来は日本の素晴らしさを教えるためにあるはずの歴史教育が、それとは正反対のものになっているのです。しかも、それは年を追うごとにひどくなっていきます。

 私が『日本国紀』(幻冬舎)を書こうと思った理由の一つはまさにそれです。こんな歴史教育を放置していては、未来の日本を担(にな)う子供たちが、祖国を愛せない人間になってしまう。

 生まれた国を愛せない人間ばかりになった国に、はたしてどんな未来が待っているのでしょうか。想像するだけで恐ろしいことです。こんな教育が進めば、いずれ日本は、「グローバル」という得体のしれない名のもとに、何のアイデンティティも持たない鵺(ぬえ)[2]のような国に成り果てるでしょう。

 

「日本国記」の副読本 学校が教えない日本史 P3-P5

 

[1]夜郎自大(やろうじだい) 「史記‐西南夷伝」にみえる中国西南の民族夜郎が、漢の強大さを知らずに自分の勢力をほこったというところから自分の力量を知らないでいばること。

[2]鵺(ぬえ) 日本に伝わる伝説上の妖怪

 

この本は、「日本国紀」の副読本であることから「日本国紀」について改めて少し触れておきます。先週に店頭に並んでいた本の帯には、現在65万部となっていましたので、かなり売れているようです。これだけ売れているならば、批判の対象にされやすいのも当然かとは思いますが、左翼系の方々からかなり批判されているようです。百田氏は日頃から過激な発言を繰り返していますので、左翼系の方々からするならば、目障りな存在であり、標的にされるのは当然かと思います。

 

しかし、「日本国紀」を批判するのであならば、この「日本国記」の副読本はもっと批判されても不思議ではないのに意外と批判されていないようであり、少し不思議な印象がありました。理由は、「日本国記」は歴史書であるのに対して「日本国記」の副読本の方は、歴史教科書の批判にかなり重点が置かれています。そのため、著者が本当に書きたかったことは、「日本国紀」の副読本の方に集約されていると感じました。どうせ批判するのであれば、こちらの方を批判すれば良いのにと不思議に思っています。

 

また、ネット上では「日本国紀」の内容は、ウィキペディアのコピペが多いとの批判を見受けますが、これも何とも見当はずれな話ではないかと思います。歴史上の事件を要約して書くならば、どうしても同じような文章になることは避けられず、ウィキペディアと類似した文章になるのは当然のことです。例えば、ある出版社の国語辞典が別の出版社の内容と類似していると批判しているのと同じであり、意味のない批判です。

 

歴史書において重要なことは、記述された内容は勿論ですが、何を書き、何を書かかれていないかが重要となります。これは何も歴史書に限られた話ではなく、宗教書にも言えます。例えば、親鸞聖人の代表的な著書である顕浄土真実教行証文類(通称 教行信証)は、経典や論書の引用であり、自説を説かれていませんが、何を引用し、何を引用しなていないかが重要であり、経典や論書の引用することで自説を論証しようとされています。

 

引用させて頂いた前書きの中にも「実は最もひどいのは教科書なのです。」とあるように、この本の中では教科書の批判もされていますが、歴史教科書の批判がこの本のテーマとなっていますが、批判の内容が是非は別にしても批判の手段としては真っ当な批判ではないかと思います。もっとも難癖をつけるような批判内容ならば、このブログで取り上げて紹介することはありません。

 

この本を取り上げたのは、引用させて頂いた前書きにあるからと言えます。管理人も著者の百田氏と同じように日本の負の側面にはうんざりしています。しかし、国を愛せない人間になるような教育や日本を卑しめるような報道を流し続けるマスコミには、絶望感すら覚えます。その根底にあるのが自虐的歴史観です。管理人は、戦前の教育を礼賛する気持ちもなく、戦前の日本に間違いがなかったと言う気持ちもありませんが、とにかく日本は中国や東南アジアを侵略した悪い国であるから過去を清算するために周辺諸国に対して謝罪し続けなければならないと言った考え方には疑問を抱きます。しかし、このブログで政治的なテーマを積極的に取り上げる気持ちはありませんので、深入りは避けますが、この自虐的歴史観は避けて通れない話です。

 

基本的に愛国心はどの国にとっても大切であり、右翼か左翼かは関係ありません。社会主義国である中国でもキューバでも愛国心は重視されているのに、どうして日本では愛国心の大切さを説く人間が極右扱いされるのでしょうか。また、人権の大切さを叫ぶのであるならば、日本国内の問題よりも中国で行われているウィグル人やチベット人の弾圧をどうして中国に対して抗議活動をしないのでしょうか。或いは、北朝鮮に対して抗議活動をしないのでしょうか。アメリカに対して戦争反対を叫ぶのであるならば、中国に対して戦争反対を叫ばないのはどうしてなのでしょうか。

 

中国人が自国の国益を優先するのは当然であり、アメリカやロシアが自国の国益を優先するのも当然です。自国の政治体制とは無関係に、それぞれの国が自国の国益を優先するのが当たり前の世界なのに、日本の左翼と呼ばれる人々は、自国の利益よりも中国や韓国の国益を優先すべきと考えているように思えてしまいます。日本は中国や東南アジアを侵略した悪い国であるから過去を清算するために周辺諸国に対して謝罪し続けなければならないとの自虐的歴史観です。

 

精神世界の話をテーマにしているこのブログでこんな話題を取り上げる理由は、不成仏霊と霊障の関係に似ているからです。不成仏霊が生きている人間を支配する方法の代表的なのが、生きている人間の自尊心を奪うことです。人間の心の闇に入り込み、失敗と挫折を繰り返すように仕向け、生きている人間の自信を喪失させ、混乱に追い込みます。そして生きる意欲を奪い、更に生きている人間の支配を強め、自分の意のままに操れるように仕向けます。つまり自虐的歴史観の刷り込みは、日本人から自尊心を奪っているのと同じであり、不成仏霊の影響を受けやすくされているのと同じです。

 

では、その自虐的歴史観の視点から活動している人々はと言えば、不成仏霊に完全に支配され、不成仏霊の手駒にされているのと同じに思えます。勿論、彼らからするならば、管理人こそが不成仏霊の手先となるのでしょうが、罪悪感を植え付けて自分たちの存在価値を否定するような考え方が健全であるとは思えません。それは新興宗教の信者にありがちな「自分たちは、目覚めた人間であり、お前たちは迷いの中にある哀れな人間である」と言った傲慢さと同じに見えます。

 

管理人がリベラルと呼ばれる左翼思想の人々の話に疑問を感じるのは、意図的な話のすり替えがあるからです。例えば、マスコミなどでは、日本は朝鮮半島を植民地としていたの表現をしますが、当時の日本は朝鮮半島を植民地としたのではなく、日本に両国の政府の合意を経ただけでなく、国際的な支持を得た後に併合しています。それはハワイがアメリカの植民地ではなく、アメリカであるのと一緒です。当時の国際法に沿って行われたことであり、合法的な行為です。そのため、植民地と言うべきではありません。

 

この他にもいわゆる慰安婦問題やいわゆる徴用工問題など歴史的な史実を無視した日本批判を検証することもなく、韓国や中国の批判を受け入れて日本は謝罪しなければならないと語るのは、不成仏霊に支配され、不成仏霊の手駒にされている姿が重なります。これは少し解説が必要となるかもしれませんが、親子間や上司と部下の関係などにおいても親や上司が不成仏霊の怒りや憎しみの感情に翻弄され、不成仏霊の気持ちを代弁していることは良くあります。

 

厄介なことは不成仏霊に翻弄されている本人は、不成仏霊に翻弄されているとの自覚がないことです。本人は自分の考えで子供や部下を叱っているつもりであったり、指導しているつもりでもあったりしても、不成仏霊が怒りや憎しみを煽っているのが良くあります。つまり不成仏霊が怒りに油を注ぎ、感情を暴走させていることが少なくありません。これが繰り返されますと、不成仏霊の意識と一体化するようになり、完全に支配されてしまうと不成仏霊の意識と本人の意識との区別ができなくなります。

 

勿論、これは管理人の仮説であり、リベラルと言われている論客の人々が不成仏霊に支配されているかを鑑定した事はなく、誰からも依頼もされていないのに何人もの霊障を鑑定しようとの気持ちもありません。また、かりにリベラルの論客と言われている人々やマスコミ関係者を多数鑑定したとしても何の証拠にもならないだけでなく、彼らの霊障を解消しない限り、何も問題が解消しないといえますので、鑑定する意味がありません。

 

管理人にしてもリベラル派の論客やマスコミが不成仏霊の影響を受けているとの仮説は、管理人の妄想であり、杞憂であって欲しいとの気持ちがあります。唯物思想の方々すらするならば、占い師の戯言でしかないと思いますが、日本はどうなるのだろうかと危惧しております。

 

 

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