new entries
categories
archives
recent comment
recent trackback
links
mobile
qrcode
others
無料ブログ作成サービス JUGEM
search this site.
<< 通訳と霊能者(星) | main | 通訳と霊能者(星) >>

通訳と霊能者(星)

日本海側は、かなりの積雪とか・・・・・

お陰様で雪に悩まされることもなく暮らしておりますが

{{(>−<)}}サムイ・・・

管理人も震え上がっております。

それでも寒風の吹き荒れる屋外で仕事をしていないことを考えるならば、恵まれていると考えるべきなのですが・・・・

灯油代に頭を痛めております。

それはさておき・・・・


このブログを開設した当時の頃の話ですが、管理人の著書に興味を持たれた僧侶の方とお話をさせて頂く機会がありました。 その僧侶の方とお話をさせて頂いて本物の宗教家に出会った気がしました。そして管理人は、神霊のお言葉を伝えることや神仏の教えを解説することはできても、宗教家にはなれないと痛感しました。

蛇足ながら、お会いした直後に記事で触れた記憶がありますが、何時頃の記事であったのかの記憶も定かでなく、探しましたが、見つかりませんでした。(←_→)??

話を戻しますと、このことは、修行僧の方とお話をさせて頂く度に感じるようになりました。真摯に修行されている僧侶の方には、独特の雰囲気があります。それが道を求めている方の醸し出す雰囲気なのかもしれませんが、近寄りがたい雰囲気を持つ僧侶の方もおられました。

勿論、持っている雰囲気は、千差万別であり、温和な目をされた方もいました。また、ある真宗の僧侶の方は、親鸞聖人オタクと言った方で、親鸞聖人の話なら何時間でも話し続けるのではないかとの印象を持つほど親鸞聖人に傾倒されている僧侶の方でした。

そんな僧侶の方々とお話をさせて頂く度に感じるのは、宗旨は異なっていても、それらの方々が信仰の世界に生きていることです。真宗の僧侶の方は、親鸞聖人の残された教えこそが、世の中の人々の苦悩を解消する教えであると固く信じ、日蓮宗の僧侶の方は、日蓮聖人の教えこそが世の人々の苦悩を解消すると固く信じているとの印象がありました。

また、真言宗の僧侶の方ならば、密教の教えこそが最高の教えと信じ、曹洞宗の僧侶の方は禅こそが仏の教えであると信じているとの印象をうけました。それぞれの宗旨の僧侶の方がそれぞれの教えを学び、修行されている姿を見ると信仰の世界に生きている方々であると思ってしまいます。

それに対して、管理人は自分が信仰の世界に生きているとの自覚はなく、傍観者の立場が一番近いのではないかと思います。つまり、真摯に道を求めている修行僧の方々は、信仰の道の真中をひたすらに歩み続け方々であるのに対して、管理人は脇道を歩いていると言ったところでしょうか。

真摯に道を求めて修行されている僧侶の方は、心の教えを求め続けた人生であるのに対して、若い頃に霊障に悩まされ続け、どうしたら霊障を解消できるかを模索していた管理人は、脇道や裏道ばかりを歩み続けていた気がしています。どちらも同じように人生の苦悩を解消することを求めていた人生ではあるとしても、やはり違う気がしています。

管理人が求めていたのは、人生の苦悩の原因ではありましたが、心の問題よりもどのようにすれば霊障を解消できるかと言った、現実的な問題が大きかった気がしています。そのため、人に優しくしなさいと言った道徳論のような教えや経典の内容を無条件に正しいと考えるような教えには、関心もありませんでした。

このことは今も同じです。そのことが宗教家との決定的な違いではないでしょうか。宗教家は理想を説き、進むべき道を掲げて教えを説きます。しかし、管理人は道案内はできるとしても進むべき道を掲げる気持ちはありません。

仏教、神道、修験道を比較してどの道が優れているかを説き、仏教の中でも浄土宗、時宗、浄土真宗、天台宗、真言宗、曹洞宗、臨済宗、日蓮宗、黄檗宗、法相宗、律宗、華厳宗と数多くの宗旨がある中からこの宗旨が優れていると説き、更に数多くある宗派の中からこの宗派の教えこそが優れた教えであると説くのが宗教家であると思います。しかし、管理人は、仏教、神道、修験道を比較してどの道が優れているかを説く気持ちもなく、また比較してもあまり意味はないと考えています。

それぞれの教えには、優れた面がありますが、どんな教えであっても完璧な教えはないと考えています。完璧な教えが説かれたとしても、その教えを学ぶ方が理解できなければ、意味はないと考えます。そのため、管理人は読者の方々に特定の信仰をお勧めする気持ちはありません。もし、管理人が教えを説くのであるならば、いずれかの宗旨宗派の教えを説くことになります。勿論、新興宗教の教祖のように新たな教えを説くことは可能ではありますが、各宗旨の開祖の教えや各宗派の高僧の残された教えを超える教えを説けるはずもありません。

管理人の態度は、自分が歩むべき道が分からずにいる方には、不親切であり、また無責任であると思われるかもしれませんが、自分の役目は教えの解説の範囲に止めておきたいと考えています。その意味で管理人は、霊能者ではあっても宗教家ではないと考えています。

しかし、管理人は霊能者である前に占い師であると考えています。これは真摯に修行されている僧侶の方が霊能力を獲得されたとしても霊能者ではなく、僧侶であるのと同じではないかと考えています。

at 00:30, 星 良謙・子授け地蔵, 霊能者について

comments(3), -, pookmark

comment
F.M, 2010/01/15 2:59 PM

自分の心で考えることが何よりも大切だと理解しています。

M.D, 2010/01/14 4:18 AM

>お会いした直後に記事で触れた記憶がありますが…との記事とは
《2006.02.03 Friday
宗教家と霊能者の違い1》ではないでしょうか?            度々失礼致します。

M.D, 2010/01/14 3:51 AM

>管理人は読者の方々に特定の信仰をお勧めする気持ちはありません
>自分の役目は教えの解説の範囲に止めておきたいと考えています。

此処のところが私にとってこのブログの有難さだと思っています。合掌