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通訳と霊能者(星)

JUGEMテーマ:スピリチュアル
寒い日が続いております。{{ (>_<) }} サムイーッ!!

こんな日は、ストーブの前から離れたくない気分です。

ストーブの前でぬくぬくしていたい!

そんな誘惑にかられております。

それはさておき・・・・・

本題に入る前に業務連絡を・・・・・

神霊のお言葉を投稿しているサイトを開設しておりますが、このブログで神霊のお言葉を紹介していることもあり、久しく投稿をすることもなく、放置しておりました。しかし、久々にアクセス解析を見ましたところ、アクセスして頂いている方が予想外におられました。

そこで紹介していないお言葉を紹介しようかとも考えましたが、宗旨別にお言葉を整理する意味も兼ねて、このブログで紹介したお言葉を投稿することにしました。現在、投稿しているお言葉は、2007年に投稿したお言葉ですので管理人も投稿したことをすっかり忘れていたお言葉です。

尚、神霊からのお言葉は、数多くありますのでこのブログで紹介したお言葉の投稿が終りましたら、まだご紹介していないお言葉を投稿したいと考えております。

霊界通信・脱新宗教  こちらから



先日のことですが、知り合いと話をしていたときに教えを説くことの危うさの話になりました。仏教に限らず、教えを学ぶことは悪いことではありませんが、教えを学ぶことと悟りを求めることは微妙に異なります。教えを学ぶことで知識は増えますが、知識を得るだけでは悟りとはなりません。

自分が得た知識を自分の悟りとするためには、自分の中で思惟しなければなりませんが、多くの場合には、知識を得ることで悟りを得たような気持ちになってしまいます。これは宗教を学ぶ人間が最初に陥りやすい落とし穴であり、また悟りを求める人間が常に気をつけなければならないことではないかと思います。

真宗のお寺のご住職とお話をさせて頂いていた際にも、その話になったことがありました。そのご住職は、最近の真宗が教学を重視しすぎて親鸞聖人が説かれようとしていた教えとは別物になっていると嘆かれていました。

親鸞聖人は、どんな極悪人でも阿弥陀如来のお力で救われることを説かれていますが、その根拠を阿弥陀如来の不可思議なお力で救われるとしか説かれてません。つまり阿弥陀如来は、人間の考えでは及びもつかないお力を持つ仏であり、人間には及びもつかない力を持つ仏であるからこそ、どんな悪人であっても救って頂けるとの考えです。

これは、それまでの仏教の教えからするならば、一種の思考停止であるとも言えます。それまでの仏教の教えは、因果応報が前提であり、現世で積んだ罪に応じて来世が決まるとされてました。そのため、一回でも念仏を称えるならば、極楽に往生することが約束されるとの教えは、それまでの仏教の常識を否定する教えとなります。

しかし、この思考停止とも言える考え方があってこそ、徹底した他力の思想が成り立つのではないかと思います。これはどうして阿弥陀如来に救われるのかの理由を考えることは、どのようにすれば、阿弥陀如来に救われるかの疑問が根底にあると言えるのではないでしょうか。

それに対して阿弥陀如来は、人間の考えでは及びもつかないお力を持つ仏であり、人間には及びもつかない力を持つ仏であるからこそ、どんな悪人であっても救って頂けるとの考えは、何の答えにもなっていないと言えます。

そのため、そんな教えなど仏教の教えではないと否定することは簡単であると言えますが、悟りとは知識ではないことを考えるならば、でたらめな話ではないと思います。仏教の教えが難解な教えの体系であるとしても修行を離れた知識の体系は、学問の体系でしかありません。

そのことを忘れて知識を追い求めたとしても悟りとは無縁となります。真宗の場合には、悟りを追い求める宗旨ではありませんが、知識を追い求めても親鸞聖人の説かれた安心(あんじん)を得ることはできないのではないと真宗のお寺のご住職も言いたかったのではないかと思いました。

管理人も真宗の門徒ですので親鸞聖人の教えは、多少学んでいますが、いつも阿弥陀如来の慈悲を信じることの難しさを痛感しています。管理人も阿弥陀如来の慈悲深さを信じてはいますが、真宗の神霊の信心からするならば、阿弥陀如来の慈悲を信じていますとは恥ずかしくて言えない気持ちになります。

他力の神霊からは、強い慈悲と信念を感じることが多いのですが、高い霊格の神霊となると圧倒的な慈悲と凄まじいまで信念となります。この段階になると言葉の無力さを感じます。他力も神霊から感じる気迫や信念は、どんなに言葉を尽くしたとしても伝えられないと思います。

また、どんなに高い神霊のお力や慈悲を感じることができたとしても、管理人がその境地に到達できているはずもありません。管理人の心が強い慈悲と信念に満たされていたならば、自分の言葉で他力の教えを説けると思いますが、そのような高い境地に到達していませんので、管理人は神霊のお言葉を伝える通訳の役目しかできないと考えています。

星 

at 00:26, 星 良謙・子授け地蔵, 霊能者について

comments(3), -, pookmark

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Sarasvati, 2010/01/31 1:35 AM

たぶん親鸞さんは、何かを自得したんですよ。徹底した生き方でその奥にある何かを。それが阿弥陀如来とたまたま呼ばれるのか、阿弥陀如来そのものを自得したのかは知りません。でも、そこに親鸞さんの真骨頂があって、たぶん彼には通訳ナシでの阿弥陀世界を徹底して感得したのでしょうね。星さんの書かれる信念という表現こそが、まさしく信仰の本質でしょう。

オカミ, 2010/01/20 8:24 AM

星さん、こんにちは。
霊界通信・脱新宗教に久々投稿された記事を読みますっと、開運や占術をしなくても答えが出てしまうような…そうなると星さんの商売があがったりになるのではと勝手に心配をしてしまいました。最近、星さんの事をフッと想像した事が2つありました、女神などの描く画家、石井一男の番組を見た時と 比叡山時報の良寛さんの記事を読んだ時です。

M.D, 2010/01/17 10:59 PM

別サイト 気のせいか? 字が大きくなって読み易くなった様な…先を楽しみにしています!
星様の神霊に対する問いを読ませて頂く時、弥勒菩薩を思い浮かべてしまいます。自分は星様が“神霊のお言葉を伝える通訳の役目しか出来ない”とは到底思いませんが、 こうして努めて下さることに心から感謝します。そして自分の中に生かして行きたいと思います。 合掌