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理想と現実6(星)

うーん・・・・・

深く考えることもなく、軽い気持ちで取り上げた教育勅語ですが・・・α~ (ー.ー") ンーー

このブログで取り上げるには少しばかり、重すぎる話であることに気付き、悩んでおります。

 

教育勅語に書かれた内容を現代の価値観で批判するのは簡単ですが、明治初期の時代背景や当時の天皇の役割などを理解していませんと、教育勅語の歴史的な意味を理解できるはずもありません。しかし、教育勅語を批判している方の多くは、明治初期の時代背景すら理解していないようであり、明治天皇が果たした役割など認める気持ちなど全くないようです。これは教育勅語に限られた話ではなく、自分たちの価値観だけですべてを判断しようとすることに無理があります。

 

さて、前回の続きを書く前にどうしても読み返したいと思った本がありました。

「天皇恐るべし―誰も考えなかった日本の不思議 小室 直樹  (著)」 

1986年11月に発売された本であり、今から31年前の本ですので、既に紙の黄ばみも目立っていますが、捨てられない本の一冊です。念のために、アマゾンで調べたところ、古本ではありましたが、何冊か出品されていました。それだけ、人気のある本と言うことでしょうか。

 

本題に入る前に、この本から少し引用させて頂きます

 

一片の勅令で済んだ廃藩置県

他国なら数百年の戦争必至

 「日本の天皇は神である」−明治4年(一八七一年)におこなわれた廃藩置県をみて、英国の駐日公使パースクは歎(たん)じてこういった。ヨーロッパにおいて、こんなことをおこなおうとすれば、何十年、いや百年以上の血腥(ちなまぐさ)い戦争の後にはじめて可能であろう。それを一片(いっぺん)の勅令によって、一気に断行してしまうなんて、日本の天皇は、まさしく神である。

 これはほぼ同じ頃、一八七一年、ドイツ帝国の統一がなされた。

 ドイツ帝国(das Deutshe Reich ダス ドイチエ ライヒ)は成立したが、二十五の邦国(Stadtシュタット)はそのまま残った。解消してドイツ帝国の郡県となったのではなかった。諸邦国は依然(いぜん)として半(なか)ば独立し、それぞれに各自の内閣を有し、いくつかの邦国は、平時には独立した軍隊を備(そな)え、固有の議会と法律と勲章をもち、ドイツ帝国の首邦プロセイン王国と帝国外のヨーロッパ諸国に外交使節を派遣していた。

 これはほんの一例。

 

天皇恐るべし―誰も考えなかった日本の不思議 小室 直樹  (著) P14

 

※邦国(ほうこく) 国家のこと

 

学校で習う歴史では、大政奉還や廃藩置県などは習いますし、江戸末期を舞台にした時代劇は比較的多いのですが、英国の駐日公使パースクの言葉は、この本以外で紹介されていたことはありません。その意味では、もっと紹介されるべき話ではないかと思います。これは何も明治天皇を賞賛することが目的ではなく、歴史的な史実として明治維新における明治天皇の役割、当時の日本人が天皇の存在をどのように考えていたことを知ることは大切ではないかと思います。

 

 天皇は神である。

 しからば、いかなる神か。

 すでに、結論を先取りして、その神は"キリスト教的な神である"とのべた。

 廃藩置県から民法制定を中心とする法体系の確立、その頂点としての憲法発布。近代的軍隊の創設、資本主義経済の帝王切開的誕生、近代的教育制度の整備・・・・。

 どれひとつとってみても、伝統主義的社会における制度改革としては奇蹟である。

 これが奇蹟であることは、右のごとき近代化が、ヨーロッパ諸国においては、どれほど歳月(としつき)を要したか、清国、朝鮮などのアジア諸国において、ことごとく失敗したことだけを見ても容易に納得されよう。

 天皇は神である。

 天皇=神は、日本に、新しい規範を制定した。是非善悪の基準、ものごとのよしあしの判定条件は、天皇の意思決定による。

 大日本帝国憲法、教育勅語、軍人にたまわりたる勅諭(ちょくゆ)がそれであるが、ここではまず、教育勅語の神学的、宗教社会学的分析から始めたい。

 

天皇恐るべし―誰も考えなかった日本の不思議 小室 直樹  (著) P59

 

この本の中で小室 直樹氏は、明治維新の当時の天皇の存在は神とも言えるような存在であり、それだけ国民に対して絶大な影響力を持つ存在であったと結論付けています。確かに天皇の絶大な影響力がなければ、短期間での社会制度改革はなし得なかったと言えると思われます。そのことを前提にするならば、教育勅語の意味も見えてくるのではないか思います。しかし、そのことを無視するならば、教育勅語の歴史的な意味を理解することは困難となります。

 

そのことを歴史的な制約と考えるか、封建社会の名残りと考えるかは、個人の主観ではありますが、少なくとも明治維新の当時の天皇の存在は神とも言えるような存在であり、それだけ国民に対して絶大な影響力を持つ存在であったとの意見は正鵠を得ている指摘ですが、教育勅語を批判される方は、明治維新の当時の社会的な背景や時代的な背景を無視されるか、封建社会の名残りと切り捨てているのではないかと思われます。

 

しかし、明治維新の当時の社会的な背景や時代的な背景を理解しなければ、下記の部分の意味を理解することは絶望的となります。

 

「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ是ノ如キハ独リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顕彰スルニ足ラン」 

※天壌無窮 天地とともに永遠に極まりなく続くさま

※皇運 皇室の運命。天皇の勢威。

※扶翼 助け守る事

※臣民 一般に君主国において君主の支配対象とされる者のこと。日本では,通例大日本帝国憲法下における皇族以外の国民

※爾 なんじ

※遺風 後世に残っている先人の教え

※顕彰 隠れた善行や功績などを広く知らせること

 

この部分が左翼系の方々から目の敵にされている理由は、素直に読みますと危機の際には天皇のために戦うべきであり、それが先祖からの教えを守ることであるとされているからではないかと思います。しかし、戦前の日本は、立憲君主制ではあっても専制君主の国ではありませんでした。明治憲法においても天皇の権限は大きく制限を受けていましたし、天皇が独断で政策を決定する権限はなく、国政を動かしていたのは、内閣でした。

 

その意味では、戦前の天皇も現在の天皇と同じく、国の象徴であったと言えます。そのため、天皇のために戦えと言っているとしても、天皇には開戦する権限もなければ、戦争を遂行する権限もありませんでした。そのことを前提に考えるならば、国のために戦えと言い換えても同じではないかと思えます。しかし、教育勅語を批判している方々は、天皇の事を独裁者のように考えているのではないかと思えてしまいます。これは見当はずれな話であるだけでなく、大事なことを見落とすことになります。

 

このことに関する考察を「天皇恐るべし―誰も考えなかった日本の不思議」から引用します。

 

 

教育勅語は、天皇イデオロギーの一つの中核を成している

 これまでの議論を要約し、説明を補足したうえで、先に進むことにしたい。

 現人神(あらひとがみ)としての天皇、その「神」とは、キリスト教的意味における神であった。

 キリスト教的神とは、権威(authority)を有する神である。ここに「権威」とは、正当性(legitmacy)のの創造のことをいう。天と地と、その間にあるすべてのものを創造した神は、「正しさ」もまた創造した。何が正しくて何が正しくないのか。その判定基準(規範)もまた、神の創造による。「これが正しい」とは、かくのごとく神が意思決定したがゆえに正しいのであって、神の意思とは独立に、いわば客観的な是非善悪があるわけではない。

 この点、キリスト教(ユダヤ教も同じだが)は、仏教や儒教とは、根本的に異なる。

 天皇による正当性創造の一例として、教育勅語をあげた。

 教育勅語は、儒教的思想に基(もと)づく、教育勅語は儒教思想の延長である。教育勅語は、儒教思想と近代西欧思想との混合ないしは統合である。等々と言われる。が、これらの諸説は妄説であることを論じた。

 教育勅語およびそれを一つの中核とする天皇イデオロギーは、全く新しい正当性の創造であり、本質的に、儒教イデオロギーとは、異質的なものである。

 すでに強調したように、教育勅語においては、儒教における絶対的規範たる「孝」(父子の親[しん])を第二規範に落とし、儒教にはなかった「忠」(臣民の天皇に対する義務)を、絶対規範として、「孝」を超えて第一位にもってきた。

 このような根本規範の変更は、儒教イデオロギーにおいては、あり得べかざることである。かかる変更は、キリスト教的権威(オーソリティ)を有する神であってはじめて可能である。伝統主義的神は、かかる力を有しない。

 

天皇恐るべし―誰も考えなかった日本の不思議 小室 直樹  (著) P122-P123

 

少し補足しますと、儒教においては臣と民では義務が大きく異なります。家臣は大きな特権を持ちますが、背負う責任も大きく、戦争となれば、命を捨ててでも皇帝のために尽くすことが求められますが、庶民にはそのような義務はないとされています。庶民に求められる義務は、納税と決められた労働力の提供とされています。

 

「論語」では、「君主」と「小人」が明確に区別され、守るべき規範も異なります。日本では「君主」は正しい人、「小人」は良くない人と解釈されていますが、本来は支配者と被支配者との関係であり、「君主」は支配者階級のことであり、「小人」は被支配者階級です。支配者階級である家臣は、命を捨ててでも皇帝のために尽くすことが求められますが、庶民にはそのような義務はなく、求められるのは、納税と労働力の提供だけです。これは江戸時代以前の日本でも同じであり、戦で戦うのは武士だけに限られた話であり、庶民にとっては支配者が交代しても為政者が入れ替わるだけの事であり、社会制度や階級などは変わりませんでした。

 

そのため、教育勅語が画期的であるのは、江戸時代までは支配者階級である「臣」と被支配者階級である「民」の二重規範を一元化して「臣民」としたことです。そして更に絶対的規範である「孝」よりも儒教にはない臣民の天皇に対する義務である「忠」を絶対規範としたことです。

 

このことをどのように考えるかは、別として、それまでは支配者階級だけの責任であった国を守る義務であった国防の義務がすべての国民の責任になったと言えます。つまり国民皆兵制の導入であり、近代的な軍隊の創設のための指針となったと言えます。このように考えるならば、教育勅語の意義も明確になるのではないかと思います。国民皆兵制度を悪と考えるならば、この教育勅語も悪となりますが、当時の日本を近代国家とするためには、国民に国防意識を持たせ、国民皆兵制度を導入すべきであったと考えるならば、この教育勅語の果たした役割は非常に大きいと言えます。

 

しかし、当時の列強諸国は当然のことながら国民皆兵制を導入しており、列強諸国に対抗するためには、日本も国民皆兵制度を導入しなければならない状況でした。そのため、教育勅語に対して嫌悪感を抱くのは自由ですが、教育勅語の果たした役割や教育勅語の意味を知ることは難しくなります。

 

 

ご相談は こちらから

 

 

at 03:01, 星 良謙・子授け地蔵, 救われない人々

comments(1), -, pookmark

comment
白ギツネ, 2017/12/28 2:23 PM

天皇、少なくとも明治維新以降の天皇というのは両義的な存在ですね。一面に於いては絶対的な主権者であり、もう一面に於いては家父長的、全国民の「おやじさま」である。この実は矛盾する両義性を一身に担っている所が天皇の特異性だと思います。この点については思想家の北一輝が鋭く剔抉しています。

>一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ

↑左翼(と言っても反資本主義から反日ナショナリズム等々色々バリエーションはありますが)に嫌悪されるこの部分は、絶対的な主権者・天皇の部分が強く打ち出されている部分ですね。一方で次のように勅語は結ばれている。

>朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺シテ咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ

↑天皇はここで、自分もご先祖さま(先帝)の継承されてきた文化や伝統を大切に守るとおっしゃり、だから国民もそうして欲しいと願ってらっしゃる。この部分は寛容で慈愛深い「おやじさま」そのものであります。左翼はここは見ないねw

明治の臣民が天皇を慕い従ったのは、単に無闇に偉い支配者だったから「だけ」ではなく、同時に優しい「おやじさま」だった点が大きい。この流れが理解できないと、敗戦時の玉音放送で滂沱の涙を流して天皇に土下座する国民の心情が理解できないと思う。あれは優しい「おやじさま」の期待に応えられず会わす顔がない、不肖の息子・娘をお許し下さいという申し訳なさから来る。

通常、戦争や国難に当たって結果的に失敗した絶対的支配者は国民に糾弾され、失脚し、命を奪われるのが西洋の常識でしょう。だから敗戦を天皇に土下座して詫びる日本人を見て、アメリカ人はさぞ不気味だったと思うし首を捻ったでしょう。左翼というのは、恐らくこのアメリカ人の視点を無意識に取り込んでしまった人たちであり、そのことに無自覚なんでしょう。

天皇と日本人の間にあるおやじさまと息子・娘の土着的で家族的な関係性というのは今でも生きていて、先般の退位の御言葉の際に強くそれを感じました。普通の国民は今上の御言葉に打てば響くように反応しました。おやじさまがお疲れなんだから休んでいただけば良いんだという素朴な理解が瞬時に広がり、一部右翼インテリの天皇は祈ってるだけで良いなどという観念論は全く共感を呼ばず、むしろ批判された。この点を以って、教育勅語に於いて天皇と臣民に共有されたエートスは(部分的にではあるが)確実に継承されてるなぁ、と思いますよ。

小室さんは実にユニークな学者さんでしたが、天皇=一神教的な神論は、天皇の絶対性をスピリチュアルに先鋭化させた思想であって、どちらかと言えば「祈ってるだけでいい」の右翼インテリに繋がる流れだと思いますね。長くなるから批判はしませんがw