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救われない人々2

  昨日に続き救われない人々の続編を書こうかと考えています。今日はいきなり本題に入る気かと考えているあなた!そうゆう人を疑うような心を持っては救われませんと何処かの教祖様、いや生き仏さま、生き神様がおっしゃられるようなことを言ってみる管理人。

 と言うわけで今日は神仏の教えを信じるがために救われない人たちについて少し書こうかと思います。やっぱり今日の管理人は何処かおかしいと考えているあなた!もっと素直になりなさい!素直な気持ちにて毎日このサイトのブログランキングのバナーを一回クリックすればあなたは幸せになれるはずです。もしあなたが幸せになれなくても管理人は幸せになれます。
 なんだいつもと何も変わらないのではないかと声にいつもの如く都合が悪くなると話題を変える管理人。

 どこの宗教団体の教祖もとにかく信じなさいと言うようです。信仰の原点とは信じることから始まると言えるかもしれませんが信じる前には疑うのではないでしょうか。信じることが善であり、疑うことが悪であるならばこの世は詐欺師にとっては天国となってしまいます。

 もっとも新宗教(新興宗教)の教祖さまの説かれる信じる心とは自分の説く教えを信じることであって自分に都合の悪い教えは悪魔の説く教えであるから信じてはならないようですが妄信している人は多いのです。
 別に特定の団体の教えを批判するつもりはなくても事実を説明すると結果的に依頼人の信じている教えを批判することになることもあります。脱洗脳の専門家でもなければ脱洗脳をすることで報酬を得ているわけでもありませんので相手を説得しようなどとは考えません。

 このように書くと冷たい人間であるかのように思われるかもしれませんがそれほど相手の考え方を難しいのです。それは過去に何度も経験しました。どんなに丁寧に説明したところでどんなに資料を用意したところで相手が現実を受け入れる気持ちがなければすべては無駄となります。

 これは何も新宗教の信者に限られた話ではありません。俗説や迷信を信じ込んでこちらが説明しても信じようとしない。仕方がないので専門書を持参して説明してもまだ不満な様子、そしてまた次の迷信や俗説を持ち出す。そんなことを何度繰り返したか分かりません。

 しかしそれが一番極端なのが新宗教の教祖・霊能者・占い師などです。自分が神の如き人間であり自分が間違っているなどとは夢にも考えない人たちなのですから当然の結果と思われます。

 以前「私は神だぞ!」とわめいていたおばさん?がニュースの映像で繰り返し流れていた時期がありましたが基本的には同じです。ただ最近は「ずばり言うわよ」が替わりに流れていますが人気があるんですね。
 ここでハタ!と気付く管理人。もしかして墓穴を掘っているのでは?霊能者で占い師・新宗教の教祖ではないものの自分の著書を売りたがっている。これは不味いと慌てる管理人!!!
 しかしいつものことだとの陰の声にここで開き直る。え〜い、こうなりゃ教祖さまになってやると考えるも指導霊の思う壺になりそうなのでやはりやめておきます。


  
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at 10:11, 星 良謙・子授け地蔵, 占いの話

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救われない人々

 昨日の夜に牛丼屋を訪れたところ店は大繁盛していました。そこで心優しい管理人としては文句の一つも言わずに心の中で早くしろと喚きながら持ち帰りにて頼むべきであったか少しばかり後悔しつつも黙って待っていました。店員は閉店後にばったりと倒れているのではないかなどと考えながらも皆考えることは同じなのかと思っていました。

 なぜか?いわずと知れたWBC壮行試合があったから!何せ郷土の英雄であるイチロー選手が帰国しているのですからです。打席に立つだけでもいい!守備位置に立っているだけでもいい!ベンチに座っているだけでもいい!そんな気持ちにさせる選手です。

 とまあこのサイトの趣旨からするならば何のつながりもない話から始めましたが都合の悪いことはすぐに忘れる主義の管理人としてはオリンピックも終わってしまったことでもあり・更につながりがない・・・アルペンスキーで皆川選手が四位に入賞したことでもり・益々つながりななくなる・・・う〜困った・・・と何の脈絡もなく今日のお題に入ります。

 このサイトで占いの話をあまり書かない理由として占い師は秘密厳守を守らなければならないことがあります。依頼人の同意がなければ相談内容を掲載することはできませが一々ブログに掲載したいからと依頼人に承諾を求めることもできませんので心霊関係の話が多くなってしまいます。

 しかし今回の話は占いにも共通している話です。過去に何人もの依頼者から相談をされていますがときどき何をどうしたいのか分からない依頼者がいます。そんな依頼者に共通しているのは依存心が強いことです。
 例えば妻子ある男性から不倫の相談を受けたとします。現在の奥さんと離婚して不倫相手の女性と結婚したい。或いは不倫相手との関係を清算したいならばこちらも相談に応じられます。

 しかし世間体が悪いから離婚したくないが不倫相手との関係は維持したいとなれば勝手にしたらとなります。こちらも商売ですのでこんな相手に倫理や道徳など説きませんが何を相談したいのかと言いたくなります。

 勿論相談に訪れるのですから不倫相手から関係の清算を告げられた場合や奥さんに浮気が発覚した場合など悩みを抱えてはいてもそれは依頼人の理想と現実が食い違っているだけの話です。
 奥さんがどんなに悪妻であるかを延々と説明してもらっても自分がどれだけ相手を大切にしていかを説明してもらっても現実は何一つかわりません。そのことを指摘するならば感情的になる人が大半です。こんなときには時間制の料金体系でないことを後悔します。

 要は自分の考えが正しくて現実が間違っていると言いたいのでしょうが現実の選択肢の中だけでしかこちらも助言はできません。現実を無視して希望を持たせるような言葉を並べることは簡単ではありますが・・その方が商売としては成功できます・・こちらもいい加減なことは言えません。

 言えることはカードの示している将来だけですが大半の場合には依頼者の期待を裏切ります。これは誰でも冷静に考えるならば当然の結論なので占う必要もないのですがそれでも占いを依頼されます。

 そんな場合には開運の方法を紹介させてもらいますが今度はお金がない。これではどうにもなりません。ただただ助け欲しいでは誰からも相手にされない現実を受け入れることもできない人が多いのです。
 掲示板の教えて、教えては嫌われるのと同じですが本当はそんなお客を騙すのが(本人は騙すつもりがなくても管理人からするならば騙しているのと同じ)一番儲かります。

 この逆が自分の知りたいことを整理して相談に来られる方です。判断の材料さえあれば自分で判断できる方はもちらも楽ですがこのタイプの人は一度占うと最低三ヶ月は依頼がありません。会社を経営されている方の中には半年に一度のペースで定期的に鑑定の依頼をされる方もいます。

 つまり迷うことがないから相談する必要がない。または悩みが解決してしまったならば相談する必要がない。う〜ん、困った!依頼人には喜んではもらえてもこちらは商売にならない。くっくっくっ・・と涙・・・・

 こんな哀れな管理人に1クリックを!!!ブログランキング参加中


at 09:31, 星 良謙・子授け地蔵, 占いの話

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勝負事と占い

 世の中は荒川選手とWBCの話題が氾濫しているようですがその話題に便乗したとしたとしても仕方がないなどと考えもしたのですがやっぱり便乗することに決めました。
 ただ普通に荒川選手が素晴らしいなどと書いてもあまり意味がないので占い師のはしくれとして( こんなサイトを開設していると占い師でることが忘れられているのではないかと時々疑心暗鬼に陥っています )勝負事と占いの関係について書いてみます。

 勝負事を広範囲に定義するならば受験や宝くじも勝負事として考えることもできますがあまり広範囲に定義すると話にまとまりがなくなるので今回は試合の勝ち負けを前提にします。(今日の管理人は何かいつもと違う?ええ今日は占いの話なので真面目に書いてます)

 話としては少しばかり古くなってしまったのですが一昨年の日本シリーズの前のことでしたがローカルのTV番組で占いが得意な吉本の芸人に中日が勝つか西武が勝つかを占わせていました。
 何せ、中部地区のローカルな番組でしたので中日が勝つと予想しなければならない雰囲気があったことは確かではありますがその芸人は自信満々に中日の勝ちを予想しました。その段階では当然、勝敗は不明でしたが管理人は酷なことをするなと思って見ていました。

 その芸人は主に姓名判断と気学にて勝敗を予想していたのですが管理人の印象としてはまだこの人は占いの奥深さを知らない人だとの思いました。管理人は一般的な姓名判断や気学は専門外ですのであまり精通はしていませんがその占い方にかなり疑問を抱きました。

 番組の中では選手の性格分析などをした後に監督同士の相性などにて勝敗を予想していたのですが性格や相性にて勝敗が決まるのであるならば相性が悪ければ連戦連敗になるはずてあり、相性が良ければ連戦連勝になることなるはずです。
 しかし現実には監督や選手の性格や相性よりも選手の実力や監督の采配などの要因にて勝敗は大きく左右されるはずです。そのため選手の性格や相性は判断の参考にはなりますが決め手にはなりません。

 占いは基本的に三つに分類することができます。一つ目は命・これは生年月日と出生時刻から鑑定をする方法です。二つ目は相・人相などのその人の持つ外観から判断す方法です。そして三つ目が卜(かたかなのトではなく漢字の卜・ぼくと読みます)・易などの偶然の結果から判断する方法です。

 それぞれの方法には一長一短はあるのですが勝負事、それも短期決戦の勝敗を予想するには一番向いていない方法で勝敗を予想していたことにまず大きな疑問を抱きました。管理人ならばこの場合には卜→相→命の順番にて予想するのですが卜が無視されているだけでなく相も名前だけであることから最初から無理があると思いました。

 結果はご存知の通り中日の負け。では卜にて占っていたならば勝敗を的中させることが出来たのでしょうか。これは占う人間の技量次第ではありますが理論的には可能です。
 しかし勝負事の勝敗に関しては一般の占いの判断とはかなり異なります。一般的な占いの場合には周囲との調和を吉として判断することを前提になっていますので勝負事の場合には一般論が通用しないのです。

 そのため勝負事の結果を占うことはかなりの経験を持つ占い師でなければできないことなのです。管理人も統計をとっていた時期がりましたが面白い結果になりました。管理人はサッカーの試合を占っていたのですがやはりある卦の場合にはほぼ負けることはわかりましたが勝ちは最高でも八割程度でした。

 知人にそんな話をしていましたら知人は競馬で調べたところ大穴がでるレースの卦があると話していましたがどの馬がくるかまではわからないことからと嘆いてました。
 では管理人はどの程度分かっているのか?すべて分かっていたならば今頃は競馬ブックを持って外馬券場に行ってます。それにある程度まで調べることはできるのですがそれから先は邪魔してくれる神様仏様たちが沢山いますのであきらめてました。

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at 11:37, 星 良謙・子授け地蔵, 占いの話

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霊能者のぼやき

 管理人はこれでもプロの画家に憧れていた時期がありました。憧れるだけなら誰でもできる!鋭い指摘にたじろぐ管理人。しかし一応は少しは期待されていました。何か冷たい視線を感じるのは気のせいですよね。きっと!
 結局は立派に更正して今は立派な悪徳霊能者になりました。いえ、ほんの冗談です。本気にしないでくださいね。でも何か冷たい視線が!

 しかし管理人の絵の仲間は画家への憧れを断ち切ることを更正したと本当に言っていたのです。それほど画家として生計を維持することは困難なことなのです。それをみんなは知っていたからそんな言葉を使ってました。
 孵らなかった画家の卵ではありますが今でも絵は好きですが絵を描くことはほとんどなくなりました。その理由として時間がないことがありますがここで管理人が言う時間とは絵を描く僅かな時間のことではありません。自分が絵を描いていた頃の感覚を取り戻すためには最低でも二・三ヶ月できれば半年の時間が欲しいのです。

 しかしこれはある意味とても不幸なことかもしれません。何も知らなければどんなに下手な絵であるとしても楽しんで描けるのですが中途半端な技術を持っているがためにある程度の作品が残せなければ自分に腹が立ってしまうのです。
 それは絵画だけではありません。漫画を見ればデッサンや構図、線が気になってしまう。特に最近の漫画家はデッサンや線がひどくて見ていられません。ドラマや舞台は照明の不自然さが気になってしかたない。ついでに書くと宮崎アニメが好きになれない異端児ですがその理由が意図的に遠近法を無視しているので気になってしかたがないことです。

 霊能力もこれと似たような不便さがあります。絵画の感覚ならば日常生活にさほど影響はないのですが霊能力だけはこんな能力などなくなって欲しいと思うことは今でもあります。
 最近でこそ悪霊だ怨霊だと言ってもあまり気にもしていないのですが昔は本当に泣かされました。そして今は高い悟りを得た心霊に悩まされています。やはり悪徳霊能者だったのかとの指摘にたじろぐ管理人。しかしここで悪徳霊能者ではなく悪徳占い師だと開き直るが自ら墓穴を掘る。

 とまあそんなわけでと訳のわからないことを書く管理人。何が書きたいのか言うと霊界通信専門のサイトを開設しました。管理人としてはこのサイトではあまり心の教えには触れたくなかったのですが指導霊の皆様方は衆生救済の塊のような存在なので(後のことがあるのでここで心霊をよいしょしておく管理人)無意識に心の教えを書いていることが多かったのです。

 それをするとある程度、仏教や心理学などの心の教えを勉強されてこられた方には好評なのですが大半の方には理解不能となります。そのため指導霊の方々には別のサイトで説法していただくことにしました。ばかな管理人の話など聞きたくない。自分は指導霊の説法を聞きたいとお考えの方は「霊界通信・脱新宗教」のサイトにアクセスしてください。一応、管理人の解説も加えおきますが管理人のばかな話は控えます。

 これでやっと指導霊から開放されて占いの話や過去の体験を書けると喜んだのですが!しかし!!!!サイトばかり増やしてどうするのだ!!誰が投稿するのだ!!「神様の書いた恋愛詩」は守護霊を含めた古代ギリシャの心霊の自動書記、「大人のための童話」は守護霊の自動書記、今度のサイトも指導霊の自動書記、こっちの都合も少しは考えろ!!!と管理人はわめく。

 気をつけよう。暗い夜道と神様仏様。本当に皆さん!霊能者などになるのはやめましょうね。こき使われるだけで何一ついいことなんかありませんと今日は管理人のぼやきでした。

PS
「大人のための童話」は「神々の言葉 童話編」として電子出版パブーより出版しました。

電子出版パブー こちらから お手数ですが、「星 良謙」で検索して下さい。

また、FC2の携帯小説でもご覧頂けます。 こちらから


at 09:14, 星 良謙・子授け地蔵, ご挨拶

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ご利益の効果・病気編2

 何を寝ぼけているのか昨日はオリンピックもそろそろ終わりなのでと書いてしまった。こっそりと訂正しようかとも考えたのたがそれもあまりにもセコイと感じるのでここでお詫び。そんなこと誰でも知っているわ!と罵声!

 それはさておきと都合が悪いと話題を替えるいつもの管理人。随分と前に書いていた気がしないでもないテーマを復活させます。と言うよりも話題のテーマに目が眩んでしまったことから仏教講座まで開設することになってしまったのを反省しているだけことです。

 やっとこれで自動書記から開放!!万歳三唱する管理人!!!昨日は記事の中にて書かなかったのですが昨日の記事も実質的には自動書記です。そのためどうしても一人でも多くの人を悟りへと導こうとする心霊の意向が反映されます。つまり話が難しくなる!!読む人が退屈する!アクセスが減る!ランキングも落ちる!とわめく管理人

 ついでに自動書記と言っても一言一句まで心霊が言葉を書くときもあれば大まかな話の内容が指定される自動書記もあります。前回はほぼ自動書記の内容なのですが細かい言葉の指定がないだけで内容としては心霊の意向に沿って書いています。そのため冒頭から間違えたとここでも責任転嫁しようとする管理人。やっぱりセコイ

 都合の悪いことは忘れて今日のお題に入ります。

1.病気治し
 新興宗教がその勢力を拡大するときに利用する謳い文句の一つがこの病気治しです。そんなことは誰でも知っていると突っ込まないでくださいよ。

 このこと自体は新興宗教であろうと伝統を誇る神社仏閣でもさして変わりはないのです。また病気治しを期待する方は多く、管理人も多くの人から依頼されましたのでその体験を少しご紹介しようかと考えています。

 多くの依頼者は医者でも治せないような難病を神仏の力で治してもらえることを期待されるのですが現実には如何に神仏の力が偉大でもすべての病気が治るとは思えません。まあこれは管理人の力の限界なのかもしれませんが如何に神仏のお力をもってしても失われた手足は元に戻らないのです。この問題については「ご利益の効果・病気編1」にて書いています。

 では神仏のお力にて病気が治る場合にはどうなるのかを今回は紹介しようと考えています。やっと本題かとの苦情は無視する管理人・ここで管理人は話を引き伸ばして水増しするのはいつものことだと開き直る。

2.病気が治った事例
 神仏のお力にて病気が治る場合幾つかのパターンがあります。気が付くと病気が治っていた。これは非常に少ない例と言うよりも本人が気が付かないことが多いのです。

 痛みなどがある場合には自覚することは多いのですが痛みが消えた場合などにはそれを神仏のご利益であると考える人は少なく、事後報告される方も少ないことから管理人もあまりは把握できないのです。

 これらは基本的に病気の初期段階に起きることが多く、悪化させてしまった場合には快癒までに時間が必要となります。やはり早期発見早期治療は神仏への祈願でも同じです。

 そのため日常的に身体の一部を酷使している職業病や慢性疾患などの患者の方の場合には少し事情が異なり、多くの方は一度か二度の祈願や祈祷にて病気が完治することを期待されるのですが慢性病などの場合には如何に熱心に祈願されたとしてもかなり困難となります。

 それでも本人が神仏からご利益をいただいたことに感謝することを継続されるならば快癒に向かうのですが大半の方は今日は調子がいいで終わってしまうのです。そのため一時的な効果だけで終わることが多いのです。

3.ご利益と反動
 過去には何人かの開運祈願を引き受けましたが基本的には病気平癒だけの祈願を引き受けることはありませんでしたが過去の例では短期間にて治せるとしてもその場合にはすさまじい反動があります。

 反動と書くと語弊があるかもしれませんがそれは整体にて治療を受けた場合や漢方薬を服用した場合に好転反応と言われている症状に近い現象ですが下痢・頻尿・多汗・寝汗・のぼせ・吐き気など人によってその症状はさまざまですが激しい睡魔に襲われる方もいます。

 大半は激しい反動があったとしても一日か二日程度で終わるのですが最長記録は十日間と言う方もいましたがこの方は交通事故の後遺症を抱えていたことなどの幾つかの要因が重なった結果です。しかしこの方も十一日目には昨日までが何だったのかと思うほど身体が軽くなったと言われていました。

 私は医者ではありませんので身体の中で何が起きているのかも分かりませんが経験則から書くならば身体が軽くなったと言われる方は多いようですがこれだけは体験されないと分からないと皆さんが言っておられます。

4.信貴山の銭亀善神
 と今日はここまで。しかし昨日も記事を投稿したような気が?こんなに記事を投稿する時間があっていいのだろうか?どう考えてもお客が少ない!!
と今日も騒ぐ管理人、そして今日もそしらぬ顔の神仏!う〜ん、こうなればグリーンジャンボに期待するしかない!!

 銭亀様何とか二億円を!!!と必死に拝む管理人。と言うわけで宝くじにご利益があるとされてる奈良県の信貴山の銭亀善神を紹介しておきます。

http://www.sigisan.or.jp/ 

 管理人も二度ほど足を運びましたが高い霊格の心霊がおられるお寺です。銭亀善神は本堂の下にあります。名物のおばあさんから福を授かることをお勧めします。あ!そんなことをされたら管理人の宝くじの当選確率がまた下がるとここで気が付く管理人。はなからお前など神仏に見捨てられていると鋭い指摘をされて今日も落ち込む管理人。

関連記事
ご利益の効果・病気編1 ご利益の効果・病気編3
病気平癒の祈願

at 16:55, 星 良謙・子授け地蔵, 開運祈願

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分かったつもりになることの怖さ

 オリンピックもそろそろ終わりなので仏教講座も終わりにしたいと考えています。やめるな!と言う声は管理人は無視します。もっともそんなことを言われる方は少数派でしょうがそんな方は仏教用語辞典を片手に推薦図書でもお読みください。それでも物足りないとお感じになるのであるならば仏教の思想シリーズの巻末に参考図書が掲載されていますので好きにしてください。管理人は止めはしませんが大半の方はわけがわからぬ話だと感じられただけだと思います。

 ある意味それでいいです。わけがわからないことがわかることは非常に大切なことなのです。わけがわからないことを自覚できないととんでもない勘違いをしてしまいます。管理人も勘違いしている!そんな声もちらほら、う〜と唸って考え込む管理人、しかしここで開き直る。

 都合の悪いことは全部指導霊の原因にしよう!これですべて解決と能天気に考える管理人、呆れて帰り支度を始める指導霊、しかしそれを引き止めない管理人、実は前回の記事を書いた後で三時間ダウン・自動書記は非常に疲れるのです。特に前回のような内容の場合には!!だから引き止めないと居直る管理人。

 あ〜また話が横道にそれてしまった。これも指導霊が悪いのだと責任を転嫁する。開き直ってしまったところで話を戻しますと誤解するのは簡単なのですが理解するのは非常に難しいのです。

 心霊現象でも占いでも同じことですが自分がすべて理解できたと考えた場合には何も分かっていないことが多いのです。逆に自分が理解できていないことを知ったときに理解できていることが多いのです。つまり理解できていないことを知るには何が理解できていないかを知ることができなければならないのです。逆に自分が理解できたと考える場合には自分が何を理解できていないかに気が付かないだけのことが多いのです。

 これは心霊現象や占いの世界に限られた話ではなく、科学の世界でも同じことなのですが科学の世界では実験や観察で検証可能なことから勘違いした人間が珍説を提唱しても誰からも相手にされないのでしょうが心霊現象や占いの世界においては往々にしてその勘違いが大手を振ってまかり通っています。

 まあ、現実はまかり通っていると言うような生易しいものではなく、氾濫していると言った状態です。ではなぜそんなことになってしまうのかと言えば勘違いした内容の方が理解されやすいのです。難解な話を簡単に説明することで多くの人は自分が理解できたような錯覚に陥るだけなのですがその方が一般受けします。

 オーラの泉のように自分が納得するだけのある意味害のない内容であるならばさして問題にもならないのですが占いや宗教の場合には他人の人生を狂わしてしまう危険性があります。そのため本当は代表的な新興宗教の間違いでも指摘すべきなのかもしれませんが間違いを指摘したとしてもそれだけでは何の問題も解決しませんので勘違いの例として一冊の本を紹介します。

 管理人からするならばもう笑うしかないと思うほどの内容の本なのですがロングセラーです。そしてamazonの書評も星五つ。もう私には何も言えません。私には弟子もいませんし(弟子を自称している人は一人いますが年上の方を弟子扱いすることもできません)教団を創設していませんが弟子を採用する機会があるならばこの本の書評を書かせるのが採用試験に手頃かなと考えています。

 霊言集を乱発して巨大新興宗教団体になった教団から他力門の霊言集が以前に発売されていようですがあまりにもくだらなすぎて話にもなりません。しかし紹介した本は少しばかり教えを学んだ人が陥る間違いを見事にしていてくれます。

 文庫本ですので興味をお持ちの方はお読みください。ついでにお金にゆとりのある方は同名の管理人の著書と読み比べてくださいとさりげなく本の宣伝をする管理人。う〜んせこい!と我ながら思うので字を小さくする。ついでに誰か管理人の著書の書評を書いて!と泣き叫んでみる。

 ここで何事もなかったかのように話を戻す。ついでに字の大きさも戻す。当分は弟子を採用する気持ちもありませんので機会があればそのときに管理人の考えを掲載したいと思いますが少しばかり難解な話になるかもしれません。

 あ〜あ、ぐうたらな管理人が毎日更新して真面目な話などするから雨が降ってしまったので次回から不真面目な話を書きます。ところで管理人はなぜ頻繁に更新しているのか?実は暇なんです。客が来ない!電話が鳴らない!大国主命様、お稲荷様、大黒天様助けてくださいと騒ぐ管理人。さりげく聞こえぬふりをする神仏。



南無阿弥陀仏―付・心偈
南無阿弥陀仏―付・心偈
柳 宗悦

at 14:06, 星 良謙・子授け地蔵, 仏教

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空の論理「中観」―仏教の思想〈3〉

空の論理「中観」―仏教の思想〈3〉
空の論理「中観」―仏教の思想〈3〉

 仏教の思想シリーズは良書が多いのですがこの本もお勧めの一冊です。

at 13:59, 星 良謙・子授け地蔵, 本の紹介

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存在の分析「アビダルマ」―仏教の思想〈2〉

存在の分析「アビダルマ」―仏教の思想〈2〉
存在の分析「アビダルマ」―仏教の思想〈2〉

 倶舎論の解説書自体が少ないのですがこれは価格も手頃な文庫本であることからお勧めの一冊です。


at 13:52, 星 良謙・子授け地蔵, 本の紹介

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世親

世親
世親

 倶舎論と唯識の思想がまとめられている良書ではありますが一般的な入門書には程遠い内容のため管理人も途中で挫折したままになっています。

at 13:45, 星 良謙・子授け地蔵, 本の紹介

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大乗仏教の成立

 世の中はオリンピックに浮かれているのになぜブログを書かねばならぬのであろうか。う〜ん、悩む!。どうせこんな日に更新したとしても読む人もいないのになぜだ!と一人また騒ぐ管理人。また病気が始まったとあきれ返る周囲。

 しかしこれが霊能者のつらいところなのです。読む人など皆無に近いことなどは分かっていても誰か一人でも前回の続きを期待する人がいると管理人はオリンピックをTVでゆっくり観戦したいと考えていてもそうはさせてくれないのです。

 TVを見ていても落ち着かない。ブログに掲載する言葉が勝手に頭の中をよぎる。イメージとしては頭の中に電光掲示板でもある感じです。そしてPCの前に座ると何も考えていなくても自然に手が動く。う〜ん、心霊のくせして最近はタイピングにも慣れてきたか!

 さて哀れなる心霊の奴隷状態の管理人はあきらめて前回の続きを書きます。たまには給料を支払えと心霊に向かって叫ぶ!しかし敵もさる者、完全に無視して言葉だけを降ろす。

管理人からのお知らせ
今回掲載した記事はほぼ自動書記にて書かれています。一般の方が読まれても内容が理解できるように平素な文章にはなっていますが仏教の基礎理論の要約です。要約としてはよくまとまっているとは思いますが(自動書記でなければ管理人にはとても書けない文章です。)難解な話です。
尚、指導霊は法相宗の心霊です。(一般の方には馴染みのない宗旨だと思いますが奈良仏教の一つです)

以下自動書記
 それはさておき、前回の続きです。前回は仏教の教えとは相互依存の関係であると書きました。しかしこのことを如何に解釈するかが後の仏教教団においては大問題となるのです。

 釈迦様は来世のことや死後の世界のことは何も説かれなかった。世界の成り立ちや天地創造についても何も説かれることなくなくなられましたが(法華経においは釈迦が永遠の存在であると説いていますがそのことについては触れません)弟子たちにとってはそれらが無視できない問題となりました。

 つまりお釈迦様が説かれたのは主に人間の苦悩の解消の方法であり、それ以外のことはほとんど必要ないとの立場でした。そんなことを考える暇があるならば自分の心を磨けとの立場です。

 そのため原始仏教教団にて説かれた教えとは人間中心の教えであり、その理論体系も人間の苦悩を解消するための知恵であり、修行でした。ところが弟子たちの時代となってその教えの根幹である相互依存の教えが人間だけでなく、すべての存在を説明する教えであると考えられるようなりました。

 すべての存在は相互依存することで成り立ち、永久不変の物はないとするならば一瞬であっても同一の物が存在していては論理の破綻となることから同一の物が存在していると考えるのは間違いであり、刹那の時間の間に消滅と生成を繰り返していると考えられるようになりました。

 そして当時物質の構成要素と考えられていた四元素としての物質と四元素によって存在する物質が並列的に考えられるようになり、またこれに人間の感覚器官である五感を肉体機関、その働きである認識作用、認識の対象としての属性などと細かく分類する知的な体系の構築が行われるました。

 その知的な体系は無意味とも感じられるほどに煩瑣であり、そのことが後に大乗仏教の成立の要因ともなりました。その煩瑣な学問の集大成とも言うべきものが世親の著書である阿毘達磨倶舎論(あびだつまくしゃろん)です。

 世親は最初は小乗仏教(小乗の名前は大乗仏教側からの蔑称であり、上座部衆と言うべきなのですが一般的ではありませんので小乗とします)の人だったのですが後に大乗に転向して唯識の教えを確立します。この世親は天親とも訳されていますが唯識の教えを確立しただけでなく、浄土論を書き残したことから後に親鸞聖人も大きな影響を受けています。

 では世親は阿毘達磨倶舎論にて何を伝えたかったのかと言えばお釈迦様のと説かれた相互依存の関係の証明なのです。すべての存在の相関関係とその働きを説明し尽くすことで変化することのない実在が存在しないことを証明しようとしたのです。

 しかしこの考え方を否定して大乗仏教の基礎を築いたのが龍樹です。龍樹
は八宗の祖と呼ばれる方で大乗仏教の祖と言われる人です。この龍樹の代表的な著書が「中論」なのですがその難解さは半端ではありません。それはまるで禅問答の世界のような文章が延々と続きます。

 例えば歩く人は歩けないと龍樹は断言します。そしてその後になぜ歩く人は歩けないのかを論証していくのです。これが延々と続くのですから何が何だかわかけがわからぬことになります。

 しかしこれが龍樹が確立した空の思想なのです。では龍樹はそんなとんちのような教えを残すことで何を伝えようとしたのかと言えば相互依存の関係を説明しようとしたのです。

 つまり歩くと言う行為が成立するためには歩く人と歩く場所がなければ成立しません。それは火が燃えることでも同じです。歩くと言う行為だけが独自に存在することもなければ炎だけが独自に存在することもない。

 それを説明するために龍樹は難解そのものの教えを残したのです。しかしではなぜそのような難解な教えを残したのでしようか。もっと明確に伝わるような教えを残すことは可能であったはずです。

 しかしそこにこの龍樹の思想の特徴があるのです。実は龍樹は自分の言葉で自分の教えを残していないとも言える人なのです。ではどうやって自分の教えを残したのと言えば他の教えを否定したのです。つまり他の教えを否定することでしか究極の真理を表すことはできないと考えたのです。

 それは龍樹が言葉の限界を知っていたからなのです。言葉は相対的な関係を前提にすることで成立しますが究極の真理とは相対的な関係を超越した世界であることから言葉では究極の真理を伝えることはできないと考えたのです。そのため究極の真理を表すためには相対の関係を表す言葉を使って相対的な関係を否定し尽くすことで究極の真理を伝えようとしたのです。

 例えばAと言う言葉は非Aの存在を前提にしています。つまり言葉とは常に区別することが前提になっているのです。そのためAとA以外を区別することでしかAを説明することしかできないのです。

 しかし究極の世界においては(悟りの世界)においては「Aであり、Aでなく、非Aであり、非Aでない」と言う矛盾した境地であるされています。そのため言葉では説明できないとされたのです。

 これが大乗仏教の基礎理論なのです。この考え方の背景には深い瞑想体験の中にて得られた境地があります。つまり深い瞑想体験の中にて得られた体験を理論的に説明しようとするとこんな難解な思想となりますがそれが後に大乗仏教経典が生み出された背景でもあります。

 大乗仏教は在家主義であり、それまでの仏教が出家主義であることへの反発から生まれたことは事実ではありますがそれは大乗仏教の一面でしかありません。

 大乗仏教の根本的な精神とはお釈迦様が伝えられようとして悟りの境地を後世の者たちに伝えることなのです。そのことを忘れたならばそれは仏の教えを学んだことにはならないのです。

以上が自動書記です。
 ここので読まれた方には管理人から感謝状を差し上げたい気持ちです。今回の指導霊は法相宗の心霊ですが法相宗とは記事の中に登場した世親の確立した教えである唯識の教えを受け継ぐ宗旨です。そのため仏教の基礎理論を一人でも多くの人に伝えたいとの気持ちが強かったのだと思います。

 しかし、管理人としては勘弁してくれ!!!と言う気分です。この調子で唯識や天台、華厳、真言、臨在、曹洞・・・と続いたならばあ〜アクセスが減り続けてしまう。ランキングは奈落の底へ。シャッター商店街んならぬシャッターサイトになってしまう。・・グズ(涙・涙!!)

こんな哀れな管理人に同情された方は清きワンクリックをお願いします。

at 22:19, 星 良謙・子授け地蔵, 仏教

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