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恵美須神祝詞(星)

 
気付けば今年もあと何日も残っていない状態・・・・・

とりあえず年賀状は投函しましたが・・・・

大掃除も終わっていません。

あたふた (((^^;)(;^^) ))あたふた

まあ、毎年のことと言うべきでしょうか?

それはさておき・・・・・

年明けの初恵比寿に参拝される方も多いのではないかと思い、今回は恵美須神祝詞をご紹介させて頂きます。

恵美須神祝詞(ゑびすじんのりと)

掛巻(かけまく)も畏(かしこ)き都味齒八重事代主命(つみはやえことしろぬしのみこと)の廣前(ひろまえ)に白(もおさ)く皇親神漏岐神漏美(すめむつかむろぎかむろみ)の命(みこと)を以(もち)て皇御孫之尊(すめみまのみこと)の豊葦原(とよあしはら)の水穂(みずほ)の国(くに)を安国(やすくに)と所知食(しろしめさ)んと神問(かみとは)しに問(とは)し給(たま)ふ時(とき)

大神(おおがみ)は出雲国(いづものくに)三穂(みほ)の崎(さき)に遊行座鳥遊魚取(あるきましとがりいさとり)を楽座(たのしまし)て葦原(あしはら)の中国(なかくに)の立處(たちどころ)に皇御孫尊(すめみまのみこと)に奉(たてまつ)らせ給(たま)へと白給(もおしたまい)て海中(うなばら)に八重蒼柴垣(やえあおふしがき)を造(つく)り船(ふね)の泄(へ)を踏(ふみ)て避給(さりたま)ひき

如比避給(かくさりさまう)は親(おや)に孝君(したがひきみ)に忠(まめ)なる道(みち)を呉竹(くれたけ)の世々(よよ)に垂給(たれたま)へる廣(ひろ)く厚(あつ)き神徳(みいきおい)なるが故(ゆえ)に今(いま)も仰尊(あおぎたうと)み奉(まつ)りて貴(たかき)も賤(いやしき)も家内(やうち)の神齋御棚(かみいつきみたな)に齋鎮奉(いつぎしづめまつ)れり

又十月二十日(またじゅうがつはつか)には世(よ)の言葉(ことぐさ)に恵美須祭(えみすまつり)と稱奉(たたえまつり)て市人(いちびと)の家家(いえいえ)に祭(まつ)れる由(よし)は食国(おすくに)の御法(みのり)を天下(あめがした)の公民(おおみたから)の過犯事無(あやまちおかすことな)く

明(あか)き浄(きよ)き直(なお)き真心以(まごころもち)て家(いえ)を治業(おさめわざ)を勤(つとむ)る事(こと)を緩怠事無(たゆむことな)く樛(とが)の木(き)の彌嗣々(いやつぎつぎ)に萬代(よろづよ)まで玉葛絶事無く(たまかづらたゆることな)く

平(たいら)けく安(やすら)けく富榮仕奉(とみさかえつかまつら)しめ給(たま)へと言壽(ことほぎ)て由貴(ゆき)の御饌(みけ)由貴(ゆき)の御酒(みき)を如海山置足成(うみやまなすおきたりなし)て今日(けう)の朝日(あさひ)の豊榮登(とよさかのぼり)に稱辭竟奉(たたえことをえまつ)ると恐(かしこ)み恐(かしこ)み申(もお)す


at 21:35, 星 良謙・子授け地蔵, 神道

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偽書の背景2(星)

催事のお知らせです。

真宗高田派本山 専修寺で報恩講が開催されます。

平成二十四年 一月九日〜十六日まで

法要の時間 晨朝 七時 日中 十一時半 逮夜 十四時 初夜 十四時半

詳しくは 真宗高田派本山 専修寺HP こちらから

尚、真宗高田派本山の開山聖人七百五十回遠忌報恩は平成二十四年四月六日〜十六日までの開催となります。


それはさておき・・・・・

前回は神道とは何かを取り上げましたが、このようなブログで取り上げるには、あまりにも壮大な話であり、結局のところ中途半端な話となってしまいました。(- .-)ヾ ポリポリ

言い訳とはなりますが、神道とは何かのテーマがあまりにも壮大な話であることは最初から分かっていますので、当初は神道と国粋主義の関係の考察を中心に話を進める予定でした。そのため、タイトルを「偽書の背景1」としたのですが、それでも話が大きすぎた気がしております。

さて前回は現在の神道が江戸中期に起きた国学の流れを組む復古神道が元になっていることを書きましたが、復古神道や明治維新以降の国家神道には国粋主義的な傾向があると感じます。終戦後に国家神道は解体されましたが、思想的には現在の神道も国家神道も大きな差はないのではないかと感じています。

神道の歴史を考えるならば、天皇家と密接な関係を抜きにして神道を語ることはできないとは思います。その意味では神道が政治に利用されやすい宗教であり、国粋主義的な傾向に陥りやすい宗教であるとも言えます。しかし、神道の思想の根底にあるのは、自然の働きの中に神の働きを見出す自然崇拝と祖霊信仰ではないかと思います。

このことに関して古い本ではありますが、「日本神道入門 日本文芸社 本田総一郎著」より少し引用させて頂きます。

 日本人は、自然の摂理や自然の自然の働きの偉大さを神という権威あるものになぞらえ、その神に畏(おそ)れ従っていく気持ちを育てた。創造・結合・生殖・生産など、自然の物を生み成し、造り成し、結び合う力を産霊(むすび)の神と名づけた。宇宙や太陽系の存在も、人間社会も、神羅万象はアニマによって形成される。今日の新素材も、バイオ(生命工学)も、ハイテク時代の発想の根底すらもこの「産霊の力」によって規定される。
 産霊には、創造生成・生殖成長・結合・生産豊饒(ほうじょう)・繁栄発展など多様な意味が含まれている。これは、あらゆるものを結び合わせ、その生命と形態を造り出し、それに若々しい生命力と活力を与える自然の摂理と働きを神格化したものである。


アニマ ラテン語で魂のこと
日本神道入門 日本文芸社 本田総一郎著 P52-53

 「祖霊崇拝」は、自然崇拝と並ぶ日本神道の二つの大きな柱である。「ご先祖さまのお蔭(かげ)で幸福に暮らせる」「ご先祖さまを粗末にするとたたる」といわれ、日本人は古くから祖先を崇(あが)め、祭りを行って愛着と尊敬の対象としてきた。
 祖先崇拝は、祖先の霊魂を生きている子孫が宗教的に崇め、これを祭りその加護を祈ることである。すなわち祖霊信仰がその根本である。日本人の宗教心は、神道の祖先崇拝を基盤にしており、神社はいうまでもなく、仏教の寺院も、民間信仰もこの祖先崇拝によって支えられているといっても過言ではない。
 ことに仏教の祖先崇拝は、神道という日本固有の土着信仰の土壌を媒介(ばいかい)として、あるいはその一部を継承して日本で発展した信仰である。仏教の日本化とは、神道の祖先信仰を大幅に吸収して、その信仰が展開されたということに他ならない。


日本神道入門 日本文芸社 本田総一郎著 P75

 日本神道の神典である『古事記(こじき)』『日本書紀(にほんしょき)』は、皇室の祖先信仰に基づき、皇祖・天照大神(あまてらすおおみかみ)を中心に日本の神々の神統譜(とうふ)が形成され、また、民間のそれぞれの家を単位とする祖先崇拝が全国無数の神祇(じんぎ)信仰になって受け継がれている。


日本神道入門 日本文芸社 本田総一郎著 P76

この他にも罪穢れを嫌う祓いや禊(みそぎ)、言霊、鎮魂、魂振(たまふ)りなど幾つかの特徴はありますが、やはり神道の大きな柱は、自然崇拝と祖霊信仰ではないかと思われます。神道の基本的な教えを自然崇拝と祖霊信仰であると考えるならば、国粋主義的な考え方が入り込む余地は少ないと言えますが、『古事記(こじき)』『日本書紀(にほんしょき)』に日本古来の精神を求めたことが、国粋主義的な考え方が入り込んだ原因ではないかと思われます。

『古事記(こじき)』『日本書紀(にほんしょき)』は日本の神話として扱われることが多いのですが、その歴史的な背景を考えるならば、単なる神話の記録ではなく、日本が大帝国であった中国と対等な立場を主張するために書かれたものであることを見落としているのではないかと思います。『古事記(こじき)』『日本書紀(にほんしょき)』は、天皇家の歴史書とも言うべき本ではあり、天皇家が日本を支配することを正当化することを目的に編纂されたとも言えるのではないかとおもいます。

別にそのことで『古事記(こじき)』『日本書紀(にほんしょき)』の価値が失われるとも考えてはいませんし、『古事記(こじき)』『日本書紀(にほんしょき)』に古い時代の宗教観が記録されていないとも考えません。また、天皇家が日本を支配することを正当化することを目的に編纂されていることが悪いとも考えません。

しかし、『古事記』『日本書紀』が編纂された時代よりも遡るならば、日本も中国帝国の皇帝に臣下の礼をとることで自らの支配権を権威付けていた時代があったことは事実であり、太古の昔から日本が中国に対抗できるような独自の文化や国力を持っていなかったことは事実であると思われます。そのことを無視して、『古事記(こじき)』『日本書紀(にほんしょき)』に日本人が太古の昔から持つ精神を求めることに無理があるのではないかと思います。

では、どうして高名な神道家や学者の方々が日本人が太古の昔から持つ精神を求めたのかを考えますと、日本人のアイデンティティ(自己同一性)を求めた結果ではないかと思います。日本人とは何者なのかとの問いに答えようとすることは間違っていないと思いますが、『古事記(こじき)』『日本書紀(にほんしょき)』に求めるべきではないと考えます。

日本人としてのアイデンティティ(自己同一性)を何に求めるかは難しい問題ではありますが、歴史の長さや文明の優劣に求めるべきてはないと考えます。太古の昔から日本人は、優れた文明を持ち、周辺の国々を圧倒していたとしても、そのことで日本人が優れた民族であると言えるのかとなれば、少し疑問を感じます。文明としては遅れた民族であっても自分たちの文化に誇りを持ち、穏やかに暮らしている人々を見ると文明の優劣や歴史を根拠に自分たちは優秀な民族であると考えることに疑問を持ちます。

個人的な考えを述べならば、日本人が誇るべきは、「自然の摂理や自然の自然の働きの偉大さを神という権威あるものになぞらえ、その神に畏(おそ)れ従っていく気持ち」ではないかと思います。その精神の象徴が神社ではないかと思います。街中にあっても神社には木々が植えられ、僅かながらでも自然を感じさせてくれます。自然の息吹を感じながら参道を歩き、人間の英知を遥かに超えた存在に祈る場所が神社ではないかと思います。

個人的には神道の世界観や教えにはあまり関心がありません。偉大な力を持つ神霊が宿られているから神社に参拝しているのではなく、そこに人間の計り知れない自然の摂理や働きを素直に感じることができる心地良さが神社に参拝している理由です。神道家の方々からするならば、神道のことを何一つとして理解してないとお叱りを受けるかもしれませんが、素直な気持ちで神に向き合うことができる場所が神社であり、それだけで十分であると考えています。

しかし、明治以降は神道は日本人の優秀性を主張するために政治に翻弄されたのも事実です。神道の純粋性を求めて行われた廃仏毀釈にしても当時の政府が天皇家の絶対的な権威を確立するために行われたとの説があります。これは当時の時代背景を考えるならば、納得できる話ではあります。

参考サイト がらくた置き場  【4-2】その1:神仏分離・廃仏毀釈の歴史経過 こちらから

神国日本の思想は古くからありますが、日本人は神々に選ばれた優れた民族であるとの選民思想と結びつくと国粋主義となり、その精神的な柱としての役目を神道に求められたのが、神道のもう一つの側面ではないかと思われます。


at 15:05, 星 良謙・子授け地蔵, 神道

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偽書の背景1(星)

毎年の事ではありますが、街には年の瀬の雰囲気が漂っております。 

お正月用品がスーパーに並び始め、神社仏閣からは年末年始のご祈祷の案内が届いております。

とは言うものの・・・・・
今日やっと年賀はがきを購入 α~ (ー.ー") ンーー

考えてみれば毎年のことのような・・・・(- .-)ヾ ポリポリ

それはさておき・・・・・・

偽書の話や古事記日本書紀の話を取り上げてきましたので、今回は神道について考えてみたいと思います。

神道とは何かを考えますと、その定義は非常に厄介です。神道には神典と呼ばれるものはあっても仏教のように経典はありません。神道は太古の日本から信仰されてきた宗教であり、日本に仏教や儒教、道教が伝えられる以前からの信仰が根底にあることは間違いがないとしても、神道の歴史を考えますと、仏教や儒教、道教の影響は無視できません。

また明治以前の神社は仏教の強い影響下にあったことから、神道の解説書には神道の歴史や仏教の強い影響下で成立した神道や神道の優位性を説いた神道などが紹介されています。そのため、神道は仏教の影響を受けながら成立した宗教であるとも言えます。

しかし、江戸時代中期から後期にかけて復古神道の提唱されるようになります。これは江戸時代の国学者の提唱した神道であり、仏教や儒教などの海外から取り入れられた思想を批判し、古典を研究することで失われた日本人の精神を探求する運動であったと言えます。これがやがて復古神道の流れとなり、尊王攘夷の思想にも影響を与え、国粋主義的な思想にも影響を与える結果となりました。この復古神道の流れが明治維新後の国家神道となったのではないかと思われます。

この他にも教派神道と言われる神道もあります。教派神道とは国家神道ないし神社神道に対する呼称であり、戦前に政府から公認された神道系教団のことです。戦前に公認された神道系教団の中には、神道系の新興宗教が入っていますが、区別されることも多いようです。

さて、神道とは何かを考えるために神道の歴史を簡単に紹介しましたが、現在の神道とは何かを考えるならば、基本的に戦前の国家神道の流れを組んでいるのではないかと思われます。勿論、国家神道は戦後に解体されましたし、戦前の国家神道と現在の神道を同一に考えるべではないと思いますが、明治維新で神道の歴史が大きく変わったことは間違いがないと思われます。

しかし、教団としての神道と信仰としての神道は異なるのではないかと思う事があります。管理人は現在の神道は国学から始まっていると思いますが、国学自体の考え方に疑問を抱いてます。仏教や儒教など思想が取り入れられる前の日本人の精神を探求すると言っても、実際には過去の文献の中に理想化された日本人の精神を求める行為ではないかと思われます。

ただ、実際には過去の文献の中に理想化された日本人の精神を求めること自体を批判する気持ちはありません。仏教でも各宗旨宗派の開祖は、お釈迦様の精神に立ち返ることを掲げて立宗されています。そのため、それまでの神道から仏教色を排除して本来の神道の姿に立ち返ることを主張することは、新たな教団を立ち上げる行為であるとしても、批判されるべきことではないと言えます。

では管理人は何を疑問に抱いているかと言いますと、仏教や儒教など思想を排除すべきであるとの考え方です。仏教や儒教の考え方を排除すべきであるとの考えの根底には国粋主義的な考え方があるのではないかと思えます。勿論、神仏習合が神道本来の姿であるとも考えていませんが、日本人は太古の昔より優れた精神性を持っているのだから海外の思想は排除すべきであるとの考え方には疑問を持ちます。

青臭い理想論であるとしても各国の文化や伝統を優劣で比較すべきではないと考えます。現代文明とは無縁に暮らしている人々の文化や伝統に価値がないと考えるべきではなく、また優れた文化や思想を持たない国の人々の精神性が劣っていると考えるべきでもないと思います。現代文明とは無縁に暮らす人々であっても人間らしく生きている場合もあれば、現代文明の恩恵を受けながらも荒廃した心で暮らしている場合もあります。

勿論、その逆の場合もあります。発展途上国の中には女性の人権が全く認められていない国や人身売買が行われている国など基本的な人権が守られていない国々が少なくありません。そのため、各国の文化や伝統を優劣と文明の発展の度合いに関連性があるのかが疑問です。神道と仏教や儒教の関係も同じではないかと思います。仏教や儒教が日本に取り入れられた時代には仏教や儒教が当時の最先端の文明であり、その文明を取り入れることで日本人の精神性が損なわれたのだろうかとの疑問が残ります。

管理人には、仏教や儒教など思想が取り入れられる前の日本人の精神を探求したいとの動機の奥に、日本人は外国の思想や文化に頼らなくても太古の昔から優れた精神性を持っていたはずであるとの気持ちがあるのではないかと思います。そしてその気持ちは、外国に対する劣等感を穴埋めしたいとの気持ちがあるのではないかと考えてしまいます。

う・・・ん、話が長くなってしまいましたので、次回に続きます。

at 13:56, 星 良謙・子授け地蔵, 神道

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報恩講のお知らせ(星)

このところ、バタバタしており、投稿ができない状態が続いております。

あたふた (((^^;)(;^^) ))あたふた

仕事はさして忙しくもないのですが、雑用ばかりなのが問題なのですが・・・・

(-"- ) うーん・・・・・

本当は記事を投稿する際にご紹介しようと考えていたのですが、催事のお知らせです。

真宗大谷派名古屋別院で報恩講が開催されます。

期間 12月13日(火)〜18日(日)

詳しくは 真宗大谷派名古屋別院HP こちらから


催事のお知らせだけで終わろうかとも考えたのです、ちょっとした失敗談を・・・

先日のことですが、亡くなられた伯父の祥月命日に菩提寺のご住職に読経をお願いしました。

伯父は子供もなかったことから跡継ぎもなく、兄弟も既に他界されたことからせめて祥月命日だけでも考えたのですが・・・・・

ご住職が「蝋燭は・・・?」

「そこにありますが・・・」と管理人

しかし、そこで「蝋燭は・・・?」の意味に気付きました。

「ああ・・・赤い蝋燭が用意していなかった。」

(・ ・;))。。オロオロ。。''((;・ ・)

真宗大谷派に限った話ではないと思いますが、祥月命日には赤い蝋燭を使用することからいつも用意しているのでが、すっかり忘れていました。

そして更に・・・・

火舎香炉の炭も用意していなかった・・・・・

( ̄□ ̄;)ガーン

火舎香炉と言っても分からない方も多いのではないかと思いますが、真宗大谷派で本尊の掛け軸の前に置く香炉のことです。祥月命日などの正式な法要の場合には火舎香炉で焼香するのが、作法となりますので、いつもは炭に火をおこして用意しておくのですが、そのこともすっかり忘れていました。

蛇足ながら浄土真宗本願寺派も火舎香炉を使用しますが、大谷派は金色の香炉を使用し、本願寺派は茶色の香炉を使用します。



少しピンボケですが・・・・火舎香炉です。




こちらも香炉ですが、こちらは金香炉です。

at 01:24, 星 良謙・子授け地蔵, 仏教

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